ナチスのキッチン 藤原辰史著 食と社会の関係をあぶりだす

2012/7/11付
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台所という小さな視点から、食と社会の関係という、歴史の大きな姿を浮かびあがらせる。これが本書の狙いである。

(水声社・4000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(水声社・4000円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

冒頭のひとことが、それを明言している。もっとも「プライベート」な空間たる台所が、「もっとも深い地層から歴史を動かしている」。

本書が取りあげるのは、ナチス政権下におけるドイツの日々の食卓の風景である。家庭の女性むけ料理指南書、インスタント式簡易食材、合理的に工夫された流し台「フランクフルト・キッチン」、簡単に作れる「レシピ本」などなど、多数の事例を論じてゆく。

確かに、ドイツ風鍋料理「アイントプフ」や、固形ブイヨン「リービッヒ」など、ナチス時代の台所風景を論じてはいる。しかし、本書が提示しようとするのは、狭い意味での当時の台所技術史ではない。ナチス政権下、日々の食が、どのような思想的・社会的背景で、そのようなかたちを取るにいたったか。その理念的・表象的背景をこそ、あぶりだそうというのである。

ナチスの台所の哲理とは何か。それは、調理法に「科学的管理法」を導入し、地域差や個人的嗜好といった「曖昧さ」を排除することであり、「栄養価」という概念を「普遍的な基準」とすることにより、そもそも総体的体験であるはずの食を、「要素還元的」なものへと限定すること。更には、「快楽」としての食を、必須栄養素補給という大義名分で、「健康至上主義」に隷属させることであった。

そして、こうしてもっぱら「健康」という文脈で語られた食は、とりわけ戦時下、強靱(きょうじん)な肉体と健全な精神をもった強いドイツ兵、健康で多産的なドイツの母親という、国家主義的神話へと収斂(しゅうれん)されてゆく。

このようにして「健康を崇(あが)める道具」となりはて、「均質化」してしまったナチスの台所。それは果たして、食を「豊かに」しただろうか。そして、今日われわれの食卓は、そうした呪縛から、どれだけ離脱できているだろうか。著者の問いかけは重い。

(早稲田大学教授 原克)

[日本経済新聞朝刊2012年7月8日付]

ナチスのキッチン

著者:藤原 辰史.
出版:水声社
価格:4,200円(税込み)

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