日本経済史 近世―現代 杉山伸也著
多様な視点から全体像を捉え直す
近世から現代まで400年余りにわたる日本経済の発展を長期的な視座から解明する本書は、いわゆるマクロ・ヒストリーに重点をおいた日本経済史の大著である。近年、歴史研究において個別実証的な研究志向が一層強まるなか、著者の問題意識は、単にナショナル・ヒストリーの研究にとどまらず、その枠組みを超え、経済社会の全体像をダイナミックに捉えるとともに、西欧中心主義的な歴史観を再検討するところにある。

本書の特色は、第1に、日本経済の展開が2つの座標軸―対外関係という空間軸と、国内の経済成長という長期の時間軸のなかで考察されていること、第2に、歴史における連続性と断絶性の問題が扱われ、とくに幕末期の「開港」から明治初期にかけての時期と太平洋戦争前後の時期において、この問題をめぐる議論にふれられていること、第3に、国際収支と財政収支を基本的指標に日本の経済発展が概観されていることである。日本経済の国際経済への関わり方が「開放経済」と「閉鎖経済」を基準に検討され、国際経済システムとの関連を視野に入れつつ考察されているとともに、全時代を通じて財政収支バランスの変化が詳細に分析されている。第4には、政府と民間経済との関係や政府による産業政策の役割に関する考察があげられ、加えて、環境、エネルギー、情報、通信など、現代に通じる視点が取り入れられている点も興味深い。
豊富なデータを用い、詳細な分析に基づいた記述には通史としての統一性があり、バランスのとれた優れたテキストとなっている。こうした統一性のある構成は、単独著者による記述によってこそ可能であろう。「通史は、一人の著者によって、一定のアングルから描かれるべきもの」だとする著者の経済史研究者としての矜持(きょうじ)が見事に具体化されている。ナショナル・ヒストリーを超えて多様な視点から日本経済史を捉え直そうとする本書は、グローバル化に直面する今、経済社会の変容を歴史的考察から読み解くことの重要性を示唆している。日本の経済発展に関心を持つ人々に必読の書として薦めたい。
(奈良県立大学准教授 戸田清子)
[日本経済新聞朝刊2012年7月8日付]