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都市部でも深刻「空き家問題」 税制に原因も

「近所のうちが長い間、空き家のままなの」。探偵、深津明日香の友人が相談を持ちかけた。建物が古く地震で崩れるのではと不安だという。「便利な場所だし買い手は付きそうなのに」。不思議に思った明日香は調査を引き受けた。

更地は税金6倍、家主敬遠

「まずは現場ね」。明日香は、昨年、倒壊の恐れがある建物の持ち主に解体を勧告できる条例を作ったという東京都足立区の住宅地を歩いてみた。駅から徒歩10分。普通の家の間に、柱や壁が傷んだ古い家屋が建っている。「防犯上も不安を感じる人がいそうだわ」

明日香は足立区役所を訪ねた。「登記上の持ち主に改善を求める文書を送っても、返事がこないことがあります」。建築安全課長、吉原治幸さん(51)が明かした。所有者が亡くなって親族が相続したのに、書類を書き換えていないケースもあるのだという。

足立区ではここ4~5年、空き家の苦情が目立つようになった。ある老朽家屋で壁面がはがれ、歩道に落ちたことをきっかけに解体を勧告できる条例を制定。解体する人には木造で50万円、非木造で100万円の補助金を出す制度なども設けて効果が出始めているが、持ち主が分からないと対応が難しいという。

明日香は他の自治体にも問い合わせてみた。千葉県松戸市の場合でも「東日本大震災以降、空き家についての通報が増えた」という。同市でも今年4月、住民に空き家の解体を促す対策条例を施行。埼玉県所沢市など全国で50を超える自治体が条例を設けている。

明日香は住宅を調査している国土交通省に向かった。「空き家は増えています」。住宅政策課の企画専門官、渋谷浩一さん(48)がグラフを見せてくれた。直近の2008年の調査では、757万戸と10年間で約3割増えた。「原因は」「世帯数の伸びの鈍化や少子高齢化が影響しています」。渋谷さんは説明した。

「古い家が余り始めたのね。でも、なぜ放置されるのかしら」。明日香はみずほ信不動産販売の北千住センターに足を運んだ。所長の家田博之さん(42)は、「地元の空き家の持ち主にダイレクトメールを送ったところ、2~3年たってから相談が来ました」と話す。「相続人が複数いると話がまとまらなかったり、手続きが面倒で処分を先送りしたり、処分が遅れるケースが多いようです」と事情を説明してくれた。

明日香は成蹊大学を訪れ、不動産経済学が専門の井出多加子教授(55)にも話を聞いてみた。

井出さんは「固定資産税の仕組みが一因と言われています」と説明する。古い家屋が建つ土地を売却するには、更地にする必要があるが、解体費用がかかる上、建物がなくなると固定資産税が6倍に跳ね上がる。

すぐに売る必要がない所有者側にとっては「高く売れなければコストをかけにくい」と井出さん。新しい需要を掘り起こすには、住宅地でも介護施設などの事業所を建てやすいように規制緩和をしないと、根本的な解決は難しいという。

「市場の仕組みに問題がありそうだわ」。明日香は、明海大学不動産学部の前川俊一教授(61)を訪ねた。前川さんは「そもそも不動産市場は一般的な市場原理が働きにくいのです」と説明する。

「もしや値上がり」手放せず

株式などは多数の市場参加者が同じ商品を取引するので公正な価格を見つけやすいが、不動産は一つしかない商品をほぼ相対で売買する。所有者が「待てば価格が上がると思えば、持ち主にとっての価値は実勢価格を大幅に上回る」と解説してくれた。

例えば道路に一定以上の幅で面していない土地では建築基準法上、建て替えが難しく価格は低くなる。しかし再開発計画が持ち上がれば優良地に化ける。前川さんは「所有者は値上がり期待がある限り手放さない。空き家の放置を防ぐには、周囲への迷惑に応じた税金を課すなどの新しい対策が必要でしょう」と言う。

明日香は不動産の価格を計算する専門家にも聞いた。日本不動産鑑定士協会連合会の常務理事、北條誠一郎さん(56)は、「不動産は個別性が強く『一物十価』と言われた時期もあります」と認める。周辺の取引事例や貸したときの収益見込みから値段をはじくが、鑑定士によって評価が異なることもあるらしい。

「親や自分が住んだことのある家なら愛着もある。不動産業者から相場を聞いても納得できず、持ち続ける人もいるでしょう」

「人の心理もカギね」。そう思った明日香は、心理が経済行動に与える影響に詳しい大阪大学の西條辰義教授に話を聞いた。「不確実性を避ける心理が影響しているかもしれません」と指摘した。人は手続きの煩雑さや法律上の問題が生じるリスクなどを嫌い、経済的に合理的な行動を取らない傾向があるという。

「一度自分のものになると評価が高くなる傾向もあります」。例えばある集団にマグカップを1人1個ずつ進呈し、それをいくらなら売るかを聞く。次に、別の集団に一定額のお金を配った後、同じマグカップをいくつ買うかを聞く。マグカップの平均的な「評価額」を計算すると、前者の方が高くなる。タダでも一度所有すると愛着がわくからだ。「親や自分が住んだ家なら売りにくくなるのは当然ね」と明日香は思った。

西條さんは「自治体など公平な第三者が仲介する制度があれば、空き家を売る人が増えるかもしれません」と推測する。利害のない立場の専門家に低料金で取引の適正価格を聞ける仕組みなどが対策になりそうだ。

事務所に帰ると、所長が趣味にしている骨董品の手入れをしていた。「そろそろ売ってはどうですか」と明日香が聞くと「愛着があるし、高値で売れるまで簡単には手放さないぞ」

<日本、かつては土地神話 住宅数、バブル後も増加続く>

経済成長期の象徴だったニュータウンは、老朽化と空き家問題に取り組んでいる(1975年当時)

地価は上がり続ける――。かつて日本全体がそう信じ、様々な制度がそれを前提に成り立っていた。いわゆる"土地神話"である。

戦後、日本の地価は高度経済成長を背景に上がり始める。高騰は1964年の東京五輪のころまで続いた。いったん不況で鈍化したが、田中角栄首相が唱えた「日本列島改造論」による開発ブームで再び加速。第一次石油危機後の74年だけ下落したものの上がり続けた。国は土地取引の混乱に対応するため「公示価格」を示した。80年代にはバブル経済で3度目の高騰が起きた。

銀行は将来の地価上昇を当て込んでお金を貸した。企業はそのお金で土地を買い、地価はさらに上がった。ピーク時には「日本の国土を売ると米国が4つ買える」と言われたが、バブルがはじけるとこの流れが逆回転を始め、長期の不況や金融危機につながった。

一方、住宅の数はバブル崩壊後も増え続けている。戦後の住宅不足を経て建設ラッシュが起きたのは50年代。経済成長とともに東京や大阪の近郊にニュータウンが造られた。60年代後半に初めて住宅総数が世帯数を追い越した。人口減で世帯数の伸びが鈍化した今も住宅建設は続いており、空き家問題にも直面している。

(松林薫)

[日経プラスワン2012年6月30日付]

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