LAヴァイス トマス・ピンチョン著 終わりゆくヒッピー文化の日常

2012/6/12付
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2010年から刊行がはじまった「トマス・ピンチョン全小説」もそろそろ終盤に近づいてきた。

(栩木玲子・佐藤良明訳、新潮社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(栩木玲子・佐藤良明訳、新潮社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

その文学的名声から、とっくに亡くなっていると思われがちなピンチョンだが、存命している。それどころか本書の英語版の刊行は09年。70歳の坂を超えたピンチョンの現時点での最新作ということになる。

舞台は1970年のロサンゼルス。マリファナ中毒の私立探偵ドックの元へ、かつての恋人である美女が依頼を持ち込む。カリフォルニアでは何か大きな事件が進行中であるらしい。

ピンチョンは時代の全てを描こうとする百科事典的な小説の書き手として知られる。膨大な知識を背景に脱線につぐ脱線を続け、ホラ話やダジャレをとめどなくくりだし、いつしか主人公が誰だったのかさえわからなくなるような小説を多く書いてきた。それゆえに難解と呼ばれることがとても多い。

探偵小説の装いを持つ本書では、その種の難解さは一見影をひそめている。自分の記憶さえ定かではないドックは黄金の牙という名の秘密組織の活動に巻き込まれていく。黄金の牙は様々なものの形をとって姿を現し、消えてはまた現れる。ロス市警をも巻き込み、都市計画にもかかわる大陰謀がどこかに存在しているらしい。

まずは良質なミステリーとして読むことのできる本書なのだが、細部にちりばめられるのは当時のテレビ番組や映画、アニメにホラーにSFへの膨大な参照であり、終わりゆくヒッピー文化の日常である。

「老年に達し、ついに読める小説を書きはじめた」、「難解なものを書くのに疲れたのか」と言われたりするピンチョンだが、その本質は変わっていない。隠れたものを描くには全てを描いてしまうしかない。結果がわかりやすく見えるのは、隠れる方でもよりうまく隠れるすべを学んだからだ。

だから本書は、ピンチョンを難解だとして敬遠してきた人にもおすすめできる。本書を読み終え、以前の著作に挑戦してからまた本書に戻ってくれば、本書は全く違った話だったのだと、あなたの方が変わってしまっているはずだ。

(作家 円城塔)

[日本経済新聞朝刊2012年6月10日付]

トマス・ピンチョン全小説 LAヴァイス (Thomas Pynchon Complete Collection)

著者:トマス ピンチョン.
出版:新潮社
価格:3,780円(税込み)

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