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三つの旗のもとに ベネディクト・アンダーソン著

反植民地闘争の多角的な反響

グローバル化を背景に、今日の歴史学には、従来の歴史学が前提としてきた空間的な切り分けを横切る影響関係、並行関係に注目する潮流がある。グローバル・ヒストリーとも呼ばれる流れだ。

本書は、いまや古典となった『想像の共同体』の著者によるグローバル・ヒストリーの実践である。

本書の焦点は19世紀末のフィリピンにおける反植民地闘争である。マニラ、パリ、ボヘミア、ロンドン、キューバ、横浜、バルセロナ、香港…。舞台はジグザグに切り替えられつつ文字通りグローバルな規模で縦横に物語は進む。群像劇仕立てのプロットのなかの最も太い軸はのちにフィリピン独立運動の象徴となるホセ・リサールである。叙述は彼の足取りを丹念に追って、彼の著作に流れ込んだ経験や見聞を腑(ふ)分けし、彼の振る舞いや決断が埋め込まれていた文脈を解きほぐしていく。

本書にグローバル・ヒストリーの視角を与えた導きの糸は当時のアナキズムのネットワークである。リサールは強いて言えば自由主義者ではあるが、アナキストではない。だが、本書が描く帝国主義の保守的な「平和」の時代に、植民地の農村民衆の立場にいくらかでも感受性を持つイデオロギーはアナキズム以外になかった。アナキズムは無政府主義というより純化された自由主義の側面を持っており、植民地解放運動の勃興前夜において最もグローバルな対抗イデオロギーであった。またアナキストの国境を越えたネットワークの存在が、リサールをグローバルな知的交換の場に引き入れる媒体となった。いわば文明の中心に引き入れられることでリサールはスペインを遅れた専制国家として批判する視点を手に入れたのである。

本書のタイトルにある「三つの旗」はフィリピン独立運動、アナキズム運動、キューバ独立運動の象徴を指す。地理的にも政治的文脈もかけ離れた諸運動の多角的な反響が植民地ナショナリズムの苗床となった。

たとえばアナキズムを反グローバリズムと読み替えれば、本書が描くダイナミズムは単なる過去ではない。フラット化した世界は新たなリサールたちを生むだろうか。

(立命館大学教授 山下範久)

[日本経済新聞朝刊2012年5月13日付]

三つの旗のもとに―アナーキズムと反植民地主義的想像力

著者:ベネディクト・アンダーソン.
出版:エヌティティ出版
価格:3,780円(税込み)

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