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動物が製品作りに参加? 形状まねて「新産業革命」

エコノ探偵団

「家電メーカーが掃除機を開発する際にネコが加わったそうよ。どういうことかしら」。近所の主婦が事務所に興味深い話を持ち込んだ。探偵、深津明日香が上着をはおった。「人間以外の動物が製品作りに参加ですって? すぐに調べます」

明日香は掃除機を作ったシャープで尋ねた。「人手不足で『ネコの手も借りたい』のですか」。苦笑しながら主任研究員の大塚雅生さん(41)が説明してくれた。「ネコが設計したわけではありません。舌をみせてもらい、その仕組みを掃除機に応用したのです」

性能がアップ

本来は肉食動物であるネコの舌の表面はザラザラしている。これと同様に小さな突起をたくさん、掃除機の中のゴミを圧縮するブレードという部品につけてみた。すると圧縮率が4分の1から10分の1に向上、従来よりも多くのゴミを吸い取れるようになった。

同社は2008年からアホウドリやイヌワシの翼の形をまねた部品で送風効率を高めたエアコン、トンボの羽を参考にした加湿空気清浄機、イルカの尾びれの形を洗濯槽で再現した洗濯機などを相次ぎ発売した。大塚さんが教えてくれた。「こうした技術を生物模倣と呼びます。この10年間で研究者が随分増えました」

明日香は紹介された日東電工をおっかなびっくり訪ねた。「ヤモリがいるそうですが……」。主任研究員の前野洋平さん(37)がかぶりを振った。「ヤモリはいませんよ。接着剤を使わない粘着シートの実用化を2月に発表しましたが、その研究に使っただけです」

ヤモリの足裏は天井に張り付いたまま楽々と移動できる驚異的な粘着力を持つが、強い粘液などは出ていない。注目すべきは足裏にびっしりと生えた直径0.2マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル程度の毛だ。この無数の毛と、張り付く相手との間に「分子間引力」という力が働き、体を支える。

大型機の翼も

同社は阪大の研究者とともに、さらに細い、直径がナノ(ナノは10億分の1)メートル単位の毛を持つ両面粘着シートを開発した。接着剤を使わないのではる対象を汚さず、従来よりも幅広い温度帯である500度から氷点下150度まで耐える。前野さんは「微細な分析技術の発達で生物の特性が詳しくわかり、模倣が広がったのです」と話した。

「なるほど。ナノテクノロジーが背景にあったのね」。さらに調べ、防水服や傘に使う帝人ファイバー製のはっ水生地に、ハスの葉の特長が生かされているとわかった。水をはじくハス葉の表面にある極めて小さなデコボコを再現した。

「世界の航空会社に引っ張りだこの大型機もワシがいなければ完成しなかったそうです」。後輩探偵の松田章司が情報をもたらした。欧州の航空機メーカーの日本法人、エアバス・ジャパン(東京都港区)で2人を迎えた野坂孝博さん(47)は「当初設計のA380では主翼が長すぎてどの国の空港の規格にも合いませんでした」と明かした。だが、ワシをまね、翼の先を少し上部などに折り曲げたことで一定の揚力を保ちながら長さを規格内に収めた。

明日香は1人で愛知県に向かった。キリギリスの足裏をヒントに摩擦の少ない部品作りを目指すトヨタ自動車の技術者、鈴木厚さん(52)に会うためだ。「生物の体は長い進化と淘汰の結果で、理にかなっています。ナノ技術で仕組みが分かれば工業製品への応用を目指すのは当然です」

この研究に協力する東北大教授の下村政嗣さん(58)は「トヨタに限らず、生物模倣に関する企業の相談は増えています」と証言。さらに「欧州を軸に生物模倣技術の国際標準を作る動きもあります」と明かした。

東京に残った章司は生物と企業の関係に詳しい富士通総研の生田孝史さん(47)の話を聞いた。18世紀に始まった産業革命から米欧主導で発展した科学技術の狙いは自然の克服だったという。「でも地球温暖化などで行き詰まり、自然と共生するアジア的な価値観が見直されてきているのです」

章司が感心した。「まさに"新産業革命"ですね」

提供国に還元

生物(遺伝)資源を経済に不可欠な資本の一つとみなし、世界規模で管理する試みも動き出した。環境バランスの変化で生物の減少が目立ってきたからだ。生田さんは「利用できる生物をなるべく多く保たないと人間が損をします」と話す。

生物資源を企業に提供する国への利益配分を求める生物多様性条約は発効済み。これが機能するよう規制を強める名古屋議定書は15年までの発効を目指し、各国が批准を進める。

この条約に基づきマレーシアで新製品につながる生物を探す企業があると聞き、明日香は茨城県つくば市のアステラスリサーチテクノロジーに向かった。同社の永井浩二さん(50)によると、狙いは免疫抑制などに効く化合物を作る微生物だ。アステラス側は提携先のマレーシア政府系企業と利益配分などを取り決めた。ベトナムでも独立行政法人の製品評価技術基盤機構と力を合わせて微生物を探索。永井さんは「両国で有望な微生物をいくつか見つけ、日本に持ち帰って研究中です」と語った。

タイで美白などに効果のある植物を探す資生堂は同国の国立研究所と提携。種苗会社「サカタのタネ」は08年、アルゼンチンで採った野生種を改良した観賞用の植物を発売。遺伝資源室の鴨川知弘さん(56)は「コストや手間を比べると、遺伝子組み換えよりも新たな植物を探す方が効率はよいです」と指摘する。

事務所で2人から報告を受けた主婦は帰った。飼い猫のミケも散歩のため外に出ると、その後を所長が身をかがめて追った。「何をしているんですか」。目を丸くする明日香に所長が答えた。「ネコはいろいろな場所に素早く潜り込むじゃないか。新たな探偵術のヒントを得るつもりなんだ」

 <環境関連の国際会議、負荷の軽減へ企業も行動>

今年は環境関連の大きな国際会議が相次ぐ。6月にはブラジルのリオデジャネイロで首脳級会合「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」がある。10月にはインドで「生物多様性条約第11回締約国会議(COP11)」が開かれる。

2010年10月、名古屋でCOP10閣僚級会合の本会議が開催された

リオでは環境をテコに経済成長を目指すグリーンエコノミーの進展などを協議。COP11は自然生息地の損失ペースの抑制などをうたう愛知目標(2010年のCOP10で採択)の具体化を目指す。

名古屋市で開催されたCOP10には多くの企業が協力した。その一つだった清水建設は(1)工事で犠牲になる動物を減らすため、リスやヤマネの「歩道橋」を開発(2)ワシなど猛きん類の営巣地近くで騒音低減(3)都市部での自然環境の再現――などに力を入れてきた。同社の小田信治さん(55)は「環境に配慮した不動産は価値が比較的高い傾向がある」と説明する。

日本総合研究所の足達英一郎さん(49)によると、自社の環境負荷をウェブサイトなどで公表、抑制に取り組む大企業はリコーをはじめ20~30社に増えた。足達さんは「地球環境の保全に努めないと企業活動を続けられなくなるという危機感の表れ」と受け止めている。

(編集委員 加賀谷和樹)

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