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未来支えるブランド築け 冷凍駆使、新たな味を

魚の町から 石巻復興物語 更地からの挑戦(下)

「右肩下がりだった震災前に戻るのではなく、新しい戦略で石巻ブランドの再構築を」。宮城県石巻市魚町の魚市場のすぐ近く、地元の業界団体の事務所が入る仮設の建物に、1~2週間に1回のペースで水産業の2代目、3代目約10人が集まる。「山徳平塚水産」社長、平塚隆一郎さん(52)と「米貞商店」社長、米本貞之さん(52)は声をそろえて訴える。

会議で議論する米貞商店の米本社長(左)と山徳平塚水産の平塚社長(3月19日、宮城県石巻市)

高校まで同級生だった2人を共同代表に30~40代による若手の「将来構想ワーキンググループ」。昨年8月、水産復興会議の役員から「10年先、20年先のあるべき姿を考えてほしい」と依頼され、震災直後に魚の廃棄作業に携わったメンバーを中心に発足した。

定期的な話し合いのほか、冷凍装置内に磁場を発生させて冷却することで凍結、解凍の際に生じる食味の低下を低減する新冷凍技術「CAS(セルアライブシステム)」の視察へ千葉県のメーカーに出かけるなどする。

金華さばの先例

グループは現在、共同加工場「最先端加工・冷凍施設」の建設を目指している。高度衛生管理下で魚を下ろし、CASなどの新技術を使って魚を凍結。成分や細菌、放射線量の商品カルテをつける。計画をまとめ、4月中旬に水産庁に補助金申請する予定だ。

「高級魚に付加価値をつけ、生で処理しきれないものも生同様に食べられるようにすることが期待できる」と平塚さん。企業が再建のよりどころにする中小企業庁の補助金は工場などの原状復帰まで。新たな設備は自費で用意しなければならない。「みんなが低料金で利用したり、工場のモデルにしたり、ブランド再構築の司令塔のような存在にしたい」

様々な魚種を受け入れる間口の広さのためか、石巻にブランドは育ちにくかった。魚市場の運営会社「石巻魚市場」社長の須能邦雄さん(68)らが金華山沖周辺で捕れる脂が乗ったマサバを「金華さば」の名称で販売するなどの取り組みを始めたのは約15年前。須能さんは「当時は石巻なんて誰も知らなかった。ブランドも意味があるのかと言われた」と振り返る。

国内では少子化や景気低迷で、震災前から水産業を取り巻く環境は厳しさを増している。

復興を果たしたわけでもない。むしろ逆だ。震災で自社生産ができなくなった平塚さんはサバの味噌煮、ショウガ煮を青森県八戸市の会社、おでんを岩手県一関市の協力工場に生産委託し販売している。

学生が販売支援

9月にも本社工場を再開させるが、委託生産も併用し、復旧は当面6ラインのうち1ラインだけ。以前は石巻で競合したが、「投資を重複させないよう役割分担も必要」と目を配る。

新たな協力も得た。地元の石巻専修大は、経営学部が「地域活性化研究会」を設立。八戸での委託生産は、准教授の石原慎士さん(42)らが仲介した。研究を通じ付き合いのある関東などの店舗で、学生が販売するなどの支援も続けてきた。石原さんは「特徴のある製品を作れば、欲しがる販売店はある。販路開拓の企画を提言するなどして協力を続けたい」と力を込める。

若手グループは昨年末、2015年3月までに再建する魚市場の構想を提言。徹底した衛生、品質管理や、漁獲・加工・販売の履歴の記録を強化するトレーサビリティー制度導入を進め、国際水産都市にふさわしい施設を目指そうと訴えた。

石巻漁港が旧北上川河口から海に面した現在の場所に移転したのは1974年。先代、先々代たちは日本一の長さを誇った魚市場や工場が立ち並ぶ水産加工団地を「俺が造ったんだ」と自慢した。

「工場を建て直すだけではなく、いただいた支援には、納税でお返しをしてこそ復興」と米本さん。「復興のためにみんなの利益を考えることが、自分の支えにもなる」。時間がかかるかもしれないが、石巻を世界に誇れる港によみがえらせ、次世代に継ぐために、と考えて。

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