2019年2月19日(火)

春秋

2012/3/13付
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石油ショック後の狂乱物価で1974年の春闘は、30%を超す空前の賃上げ率になった。賃金交渉中から経営側は危機感を強めたのだろう。春闘のさなかの3月に日経連は、「大幅賃上げの行方研究委員会」という組織の設置を決めた。

▼今は経団連と統合した日経連を率いていたのは桜田武氏。三井三池争議などで労働側とぶつかり「闘う日経連」と呼ばれたが、桜田氏は「生産性向上の範囲でしか賃上げはできない」という理論家でもあった。新委員会で、75年の賃上げ率は15%以下、76年は1桁台という方針を定め、実際その通りに決着させた。

▼経営側が入念に作戦を練ったそのころと比べ、今年の交渉はどうか。経団連は、毎年賃金が上がる定期昇給を続けられるとは限らないと問題提起した。ところが各社の交渉は、定昇実施の延期や凍結には触れても、制度そのものの改革を経営側が提案した例はあまりない。本気で定昇に切り込む覚悟があったのか。

▼伸び盛りの若手は技能向上に応じた毎年の賃上げに合理性がある。が、石油ショック後とは比べられないほど国際競争が激しくなった今、年功を重んじて処遇する定期昇給制度を維持するのは難しくなっている。労使交渉はあすが集中回答日。大詰めの今も賃金制度改革の機運が盛り上がらないのは残念だ。(12・3・13)

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