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津波忘れぬ 目印の桜 「怖さ、孫の孫まで」

ここで生きる

「うちの裏山まで津波が来るなんて思ってもなかったからよ」

到達地点に苗木

ほほを刺す冷たい海風が吹き付けた2月中旬の午後。岩手県陸前高田市広田町に住むワカメ養殖、臼井貞治さん(67)は、関東地方からのボランティア男女4人の協力で、自宅裏の斜面の津波が到達した場所に桜の苗木2本を植えた。自宅から約5メートル、数百メートル先に広がる広田湾の海面からは十数メートルの高さ。品種は寒さや病気に強いベニシダレだ。

一家10人が住んでいた3棟のうち2棟が流失。長女らは仮設住宅などに移り、妻(62)と両親の4人で残った家で暮らす。1896年の明治三陸地震の津波体験を祖父らから聞いて育った臼井さん。それをはるかに超えた天災の目印になるのが桜だ。「孫の孫まで語り継ぐ。桜を見れば津波の怖さを絶対忘れない」

植樹は同市の有志が企画した「桜ライン311」の一環。脅威を後世に伝えようと、津波到達地点を結ぶ市内約170キロに10メートル間隔で計1万7千本を植える構想だ。今年度はまず約80カ所に300本。実行委員会代表の橋詰琢見さん(35)は「初めは楽しめないかもしれないが、いつか満開の桜で被災地に笑顔を取り戻したい」と願う。

被災地各地で、世代を超えて記憶を残す取り組みが広がる。

「津波の怖さは教員が語るより、子供が演じることで意識付けられる」。同県大船渡市の熊谷励さん(64)は沿岸部の市立綾里小学校の校長だった6年前、明治と昭和の三陸地震の津波を題材に、家族や家を失う悲しみや復興への道のりを描いた戯曲「暴れ狂った海」を創作。上演を通じて多くの学校で「揺れたら、すぐに高台へ」と津波の怖さを説いてきた。

同市は一部の小中学校が津波で全半壊したが、震災発生時に校内にいた子供は全員無事だった。「劇の教えで、すぐに逃げて助かった」と住民から声をかけられたという熊谷さんには、県内外の学校から「脚本を送ってほしい」との要望が寄せられている。

宮城県気仙沼市のJR鹿折唐桑(ししおりからくわ)駅前に津波で打ち上げられた巨大漁船が残っている。約330トン、全長約60メートル。市は「広島の原爆ドームのように、津波の脅威や教訓を後世に伝えられる」として、モニュメントとして整備する計画を進める。

解体求める声も

ただ被災者らからは「恐怖を思い出す」と解体を求める声も多い。遺族らの思いをどうくみ取った上で、どう後世へ伝えるか、試行錯誤が続く。

17年前の阪神大震災後に設立された「人と防災未来センター」(神戸市)は震災の記憶がない若い世代に当時の様子を伝え、「語り部」として育成する活動を続ける。センター長を務める河田恵昭・関西大教授は「誰しも寿命がある。後世に記憶をつなぐことは生き残った者の使命だ」と強調している。

▼「阪神」で風化懸念

1995年の阪神大震災の被災地では、震災を経験していない世代が増加している。神戸市によると、震災後に生まれた子供や市内に新たに転居してきた住民は昨年11月時点で全体の約39%を占めており、風化を懸念する声が高まっている。

兵庫県が防災をテーマに昨秋実施した県民の意識調査(回答率約62%)によると、東日本大震災が起きる前から「貴重品や医薬品など非常時持ち出し品の準備をしていた」「家族と避難場所や連絡先を相談していた」と回答した人は、それぞれ2割強にとどまっていた。

神戸市教育委員会は「子供たちに語り継いでいく工夫が求められる」として、市内小中学校で副読本を使った防災教育を年間4時間実施。教員らの指示がなくても自分で考えて行動できるよう、休み時間を使った避難訓練なども取り入れている。

おわり

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