捏造される歴史 ロナルド・H・フリッツェ著 疑似科学を生む欲望の恐ろしさ

2012/3/7付
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学界、出版界、政界、宗教界を巻き込み、とんでもなく馬鹿馬鹿(ばかばか)しい疑似歴史・疑似科学が大手を振るってまかりとおっているアメリカという国はすごいなあ、という感想をまず抱く。さすが多くの州で、進化論さえ、神による人類創造説と矛盾するとして教えることが禁止され、存在しない大量破壊兵器を口実に、イラク戦争を始めてしまう国だけある。

(尾澤和幸訳、原書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(尾澤和幸訳、原書房・2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

本書は捏造(ねつぞう)される歴史そして似而非(えせ)科学を論じているが、それだけではない。それらが人びとのいかなる意図と欲望によって作られるのか、根絶しようとしてもかならず息を吹き返し再生産されるのはなぜか、その絡繰(からく)りを解明しようとしている話題作である。扱われているテーマは「アトランティス大陸」「古代アメリカ大陸の発見と定住」「天地創造説のなかの人種差別」「古代の地球を見舞った天変地異」そして「『黒いアテナ』論争」である。本書にはアメリカの例が多いが、同様な例はどこの国にもあり、もちろん私たち日本人にとっても無縁ではない。テレビ、ラジオ、雑誌、とりわけインターネット上で、でたらめな情報が科学的検証もなく垂れ流されている現在、疑似歴史・疑似科学の温床である「カルト的環境」はますます広がりつつあるのではないか、と暗澹(あんたん)たる気分になる。

疑似歴史・疑似科学は、本当には信じていない人たちによっても、面白可笑(おか)しく受容されている。それは一種の娯楽・楽しい話の種にもなっているから、むげに否定しなくてもよいのだろう。まさに、西洋中世の驚異や、近代のファンタジー文学が果たしてきた役割だ。だが面白がっていられるのは、沈着な理性が控えているときだけであり、それが政治的に利用され、人種差別・過激なナショナリズムの手段や狂信的宗教の道具となったり、あるいは真摯な学術研究の意義を弱める、極端な相対主義が蔓延(まんえん)してしまうともう面白がってはいられない。その深刻なケースの多くを紹介している本書は、「面白い」だけでなく「恐ろしい」本でもある。いくら困難で時間がかかろうと、これまで軽んじられてきた批判的思考の教育を、真剣に考えるべき時だろう。

(東京大学教授 池上俊一)

[日本経済新聞朝刊2012年3月4日付]

捏造される歴史

著者:ロナルド・H. フリッツェ.
出版:原書房
価格:2,940円(税込み)

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