2019年9月17日(火)

人間 昭和天皇(上・下) 高橋紘著 公私両面の幅広い観察と現場主義

2012/1/30付
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偶然だろうが、昨年(二〇一一年)は昭和天皇を主題にした本格的な著作が四冊も登場した。うち三冊は政治史家の伊藤之雄、古川隆久、加藤陽子による研究書で、いずれも力作だが、十二月に刊行されたこの本は端正で平明な文体とはいえ、上下巻あわせて一〇一五ページという重量感にまずは圧倒される。

(講談社・各2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(講談社・各2800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

著者は共同通信社の宮内庁詰(づめ)記者として知られ、昭和天皇の肉声にも触れる機会があった練達のジャーナリストである。そうした経歴と知見は、百科全書風のこの大冊を仕上げるにあたり、十分に生かされている。いくつかの特色を挙げてみよう。

第一は、他の三冊が昭和天皇の公的側面に重点を置いているのに対し、本書は表題が示唆するように、公私両面から多様な切り口で人間天皇の実像に迫ろうとしている点である。観察の対象は家族、皇族、側近との人間関係、学習院、御学問所での教育、生物学研究やスポーツから宮中祭祀(さいし)に至るまで幅広い。

次は天皇が足跡を残した内外の訪問先、滞在地をこまめにまわって、「追体験」する徹底的な現場主義である。宮廷記者時代のメモによる初公開の秘話も少なくない。

たとえば一九八八年に皇太子(現天皇)の家庭教師だったヴァイニング夫人を訪ねて「皇太子の人気が父陛下に比べて低いと言う人もいるが――」と問いかけ、「(日本)国民はしだいに殿下について、すばらしい、献身的な人として認めるようになると思います」という「予言」を引きだした。

圧巻は、崩御前後のあわただしい周辺事情を丹念な調査で復元した最終部分であろう。昭和天皇は松が取れ世間が動きだす直前の一九八九年一月七日、土曜日の早朝に世を去った。それまでクールな筆致で八十七年の多彩な生涯を追ってきた著者が、昭和天皇は「誰にも迷惑をかけずに逝った。いかにもこの方らしかった」としめくくっているのが印象的だ。

それから二十数年後、ガンと闘病しながら校正を終えた直後の昨年九月、著者は逝った。この人らしい最期だったと思う。

(現代史家 秦郁彦)

[日本経済新聞朝刊2012年1月29日付]

人間 昭和天皇(上)

著者:高橋 紘.
出版:講談社
価格:2,940円(税込み)

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