通天閣 酒井隆史著 麓に集まる人々の姿掘り起こす

2012/1/25付
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1961年秋、評者は通天閣のおひざ元の大阪市立大学病院で誕生する、はずだった。ところが、病院の目と鼻の先で、その夏大きな暴動が起こる。急遽(きゅうきょ)、別の病院で産声を上げることとなったのだが、生まれるやいなや第2室戸台風に大阪は直撃され、自宅は浸水。われながら、およそ祝福されてこの世に生を受けたとは思えない。

(青土社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(青土社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

通天閣の方は、12年に誕生している。現通天閣は戦後に再建されたものだが、今年で100周年には違いない。本書では、03年の内国博覧会に始まり、通天閣界隈(かいわい)の歴史がたどられていく。だが、かつてのルナパーク(レジャー施設)といい、最近のフェスティバルゲートといい、いずれも早々に閉園に追い込まれたように、このエリアも評者同様、世の祝福に包まれてきたとは言えそうにない。

この本の登場人物にしても、小林佐兵衛、阪田三吉、織田作之助、荒畑寒村、宮武外骨、黒岩重吾と皆やや世間に背を向けている。小林佐兵衛こと明石屋萬吉は、司馬遼太郎の『俄(にわか)』の主人公として有名だろう。他の侠客(きょうかく)たちが、博覧会にまつわる地上げで儲(もう)けようとする中、小林は無償で博覧会の裏方仕事をかってでている。この奇特な遊侠の徒は、社会福祉の歴史に大きな足跡を残しているのだ。

司馬の『坂の上の雲』が、上京者たちによる日本の近代化を描いた正史とすれば、大阪を舞台とした『俄』は、明らかに裏面史であろう。本書も、借家人同盟を率いた無政府主義者、飛田遊郭の女性たち、鉄クズを盗み出すアパッチ族、「てんのじ村」の長屋住まいの芸人たちなど、日のあたる場所を歩んだとは言い難い人々を、丹念に掘り起こしていく。その人間くさい姿に魅せられるうちに、評者はこの大著を一気読みしてしまった。

リリー・フランキーの描いた東京タワーが、誘蛾灯(ゆうがとう)のように都会へと若者たちを引き寄せるのに対し、酒井の語る通天閣は、その麓に集まってきた人々を静かに見守る存在のようにも思える。映画「当(あた)りや大将」や「じゃりン子チエ」など、ふれて欲しかった作品もあるが、通天閣界隈の見晴らしのよい通史である本書は、その生誕100年を祝福する快著と言えよう。

(社会学者 難波功士)

[日本経済新聞朝刊2012年1月22日付]

通天閣 新・日本資本主義発達史

著者:酒井隆史.
出版:青土社
価格:3,780円(税込み)

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