北の無人駅から 渡辺一史著 土地の歴史と生きた人々を追う

2012/1/11付
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2つのトンネルの間のわずか87メートルの切れ間にある、室蘭本線小幌駅。せり出す山と断崖絶壁にはさまれた北海道の秘境駅から本書は始まる。付近に人家はなく、道路も通っていない。なぜこんなところに駅があるのか。

(北海道新聞社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(北海道新聞社・2500円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

実はそれほど遠くない昔、崖下の入り江には小さな集落があり漁師たちが暮らしていた。近くの洞窟には円空仏(熊に首を食いちぎられた「首なし観音」!)が祀(まつ)られている。紛れもない本物である。江戸時代、円空がここに籠って仏像を彫っていたというのだ。

そして著者は、この入り江で暮らした伝説の漁師の話を耳にする。両足の膝から下がないにもかかわらず、誰よりも巧みに漁をしたという男――。意外なストーリーから、かつて北の海で生きた人々のリアルな姿が浮かび上がってくる。

北海道の6つの無人駅を起点に、土地の歴史とそこに生きた人々の人生を追ったノンフィクションである。取り上げられるのはタンチョウが来る駅、流氷を間近に眺められる駅など、一見いかにも北海道らしい駅。しかし著者は、駅から始まる物語を旅人の目線では描かない。

『こんな夜更けにバナナかよ』で2004年に大宅賞を受賞した著者は、"内地"で生まれ育ち、大学時代から北海道で暮らしてきた人である。本書は刊行までに8年を費やしたというが、執念さえ感じさせる綿密な取材は、ここで生きていくと決めた土地と全身で知り合うためのものだったのだろう。

これまで北海道の観光パンフレットや市町村勢要覧、郷土出版物などに執筆してきた著者は、その種の刊行物がみなそうであるように、豊かな自然、おいしい食べもの、おおらかであたたかい人、という3点を表現を変えて繰り返し書き続けてきたという。もっと「本当のこと」を書かねばならない――そう思って取材を始めたと後書きにある。

無人駅から始まるストーリーは農業や漁業の現状、きれいごとでは済まない自然保護、過疎地の本音などのテーマへと広がっていく。TPP、過疎と原発の関係など、日本が現在抱える問題を考えるときに重要な視点を提供してくれる本でもある。

(ノンフィクション作家 梯久美子)

[日本経済新聞朝刊2012年1月8日付]

北の無人駅から

著者:渡辺 一史, 並木 博夫.
出版:北海道新聞社
価格:2,625円(税込み)

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