ゴッホ 契約の兄弟 新関公子著 神話の再考を促す緻密な労作

2011/12/14付
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(ブリュッケ・4600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

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今年6月、オランダのゴッホ美術館の所蔵するゴッホの自画像のうち1点が、実は弟テオを描いた肖像画であることが判明したと報じられた。長らく誰もが自画像だと信じて疑わなかったほど、その容貌はゴッホに酷似している。ゴッホにとって、テオは兄弟というよりも自己の分身のような一心同体の存在であったのだろう。

ゴッホは生前ほとんど作品が売れず、弟テオの献身的な支えによってその芸術を開花させて命を燃焼させ、一方、テオは兄の後を追うように早世し、兄の横に葬られている。この美しい兄弟愛の物語は古来あまりにも有名だが、本書は、2人の手紙や関係者による膨大な記録を丹念に読み込み、こうした美談を再検証する。

画家の兄と画商の弟は、早い時期に契約を結び、兄が制作した全作品を弟に提供するかわりに弟は兄に毎月一定の生活費を送金するという対等な関係になった。敏腕の画商であったテオは、純粋な兄弟愛から契約したというより、兄の才能を冷静に見極め、成功することを確信していたという。実際、ゴッホは生前から画家仲間や一部の批評家に非常に高い評価を得ていた。しかし、画家が没すれば作品価格が急騰するという目論見(もくろみ)もあって、テオはあえて兄の作品を売らずに保持していたという。そして、持病が治らないことを悲観したゴッホは、自殺することで弟の事業を完遂させたというのだ。

問題のゴッホの持病は精神病ではなく癲癇(てんかん)であったこと、テオの死因は梅毒であったことなど、瞠目(どうもく)させられる指摘が多かった。

さらに、夫テオの没後、義兄ゴッホの作品群を継承した妻、ヨーの目覚ましい活躍に注目する。そもそも彼女は、天才ゴッホを支えることを望んだゆえにテオと結婚し、テオ以上に繊細な気づかいを義兄に示した。しかし、彼女が後に再婚した年下のオランダ人画家が、世に知られているゴッホの名作のいくつかの贋作(がんさく)者ではないかという疑惑には驚かされた。

著者独自の美術史的な作品解釈もなされており、それらすべてには首肯できなかったものの、総じて緻密な労作にして、ゴッホ神話の再考を促す刺激に満ちたスリリングな一冊である。

(美術史家 宮下規久朗)

[日本経済新聞朝刊2011年12月11日付]

ゴッホ 契約の兄弟―フィンセントとテオ・ファン・ゴッホ

著者:新関 公子.
出版:ブリュッケ
価格:4,830円(税込み)

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