2019年2月19日(火)

万里の長城は月から見えるの? 武田雅哉著 イメージの危うさ平易に語る

2011/11/23付
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(講談社・1700円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

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学問的に深い内容を、さらりと面白く書ける学者は、めったにいない。中国文学者の武田雅哉氏は、得難い例外である。

「万里の長城は、月から見える唯一の建造物である」。よく聞く言い方だ。数百年前のヨーロッパの書物にも、現代のSF作品のセリフにも出てくる。20世紀、実際に月に立ったアメリカの宇宙飛行士も「見えた」と証言した(後に撤回)。中国の小学校の国語の教科書にも「月から見える」と書いてあった。だが、本当に見えるのか。万里の長城はたしかに長いが、横幅はせいぜい10メートル。町の道路と同じ。月や宇宙から肉眼で見えるとは、常識的には考えにくい。

2003年、中国初の有人宇宙飛行に成功した楊利偉中佐は、帰還後、テレビ番組で「見えなかった」と証言。中国は大騒ぎになった。

西洋人も中国人も日本人も、「月から見える」という根拠のない絶賛を信じてきた。この壮大なドタバタ劇を題材として、著者は、想像力の一人歩き、という現象を分析する。そもそも「月から見える」と最初に言い出したのは、どこの誰か。欧米人がいだく悠久の中国文明というステレオタイプのイメージは、どうやってできたか。先進国に対する中国人のコンプレックスと国粋意識をくすぐる「月から見える」という言葉を、中国の当局はどう利用してきたか。私たち日本人は、この「世界最大の冗談」を、いつから、どうやって脳にすりこまれてきたのか。

著者は、まるで名探偵のように、膨大な図版や資料を駆使して「犯人」の足取りを明らかにする。難しい学術用語は一つも使わない。が、「中国」のイメージの一人歩きの危うさ、その危うさに拍車をかける外国人のイメージの暴走や、中国人の愛国心など、社会文化史的な深い問題が、やさしく語られている。

最後に著者は語る。今日でも、日本のツアー会社の宣伝文句では「月から見える長城」が健在だ。中国では、万里の長城の総延長キロメートル数が、今も増え続けている。「月から見える」「伸び続ける長城」という怪談の背後にある力学を理解することは、今後の中国とつきあう上で必須であろう。

(中国文学者 加藤徹)

[日本経済新聞朝刊2011年11月20日付]

万里の長城は月から見えるの?

著者:武田 雅哉.
出版:講談社
価格:1,785円(税込み)

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