2019年2月22日(金)

流される 小林信彦著 明治の祖父にみる東京人の原型

2011/10/17付
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(文芸春秋・1476円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

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この作品は、『東京少年』『日本橋バビロン』と書き継がれてきた3部作の完結編である。今回の物語は主人公=語り手の「私」から二代さかのぼった母方の祖父の話に始まる。高宮信三というこの祖父は明治17年(1884)に山形県から上京して、後に沖電気の名前で知られることになる電気会社に就職し、21年間技術者として働いた人物である。

しかし、この人物の伝記をたどることが本作の主題なのではなく、信三はいわば背景人物であるにすぎない。だが、すべての芝居が舞台背景の前で進行するように、『流される』の物語はとうに故人である高宮信三の見えざる遍在のもとに展開する。日清・日露両戦争の時代に、腕一本の働きで都会に定着し、東京の青山に工場と居宅を持つに至った明治人の履歴は、現在の「東京人」の一原型として読むことができるだろう。

もしかしたら小林信彦氏は、明治以来の技術畑のきちんと「健全な」家系に小説家が出現したことに一種のてれを感じているのではあるまいか。少なくとも、作者は自己評価と世評との間に多少の異和を覚えているようだ。

「テレビの仕事をしながらも、私は小説――それも長篇小説を書いていた。若い時に志した〈集団疎開〉の小説である。それは見事な装幀の本になったが、あまり評価はされなかったと思う」。テレビの仕事をこなし、物を書いて世間に認められるだけでは、作者にはまだ何か充足できないものがあるらしい。「健全な」生活者と小説家であることとの間には一種いかがわしい共生関係がある。「テレビの仕事をしながら、小説を書くのは不可能に近い」と作者はいう。そうした自意識を照らし出しているのもまた、この第3部で設定された明治人から注がれる視線である。

集団疎開・個人疎開という戦後体験を描いた『東京少年』、日本橋両国にあった作者の実家の衰亡を記した『日本橋バビロン』の連作を通じて作者は日本近代の市民社会の消長をたどってきた。『流される』はその仕事にまた一段と時間の厚みを添えたといえよう。

(文芸評論家 野口武彦)

[日本経済新聞朝刊2011年10月16日付]

流される

著者:小林 信彦.
出版:文藝春秋
価格:1,550円(税込み)

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