2018年11月16日(金)

笑い三年、泣き三月。 木内昇著 楽しませ考えさせる戦後群像劇 

2011/10/10付
保存
共有
印刷
その他

(文芸春秋・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

(文芸春秋・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

木内昇ならではの快作である。

木内昇の物語にあって、登場人物は孤独に閉じこもり、自足することは許されない。どんなに鬱陶しく厄介で苦しくとも、人とのかかわりを受けいれるほかない。自分を垂直に掘りすすむのではなく、横へ横へと関係をひろげることによってのみ、人はゆたかな自分を発見し、他では得難い「なかま」を見いだす。

だから木内昇の物語はいつも、群像劇の趣(おもむ)きを呈する。新選組隊士たちをえがく『新選組 幕末の青嵐』や『地虫鳴く 新選組裏表録』。人々の時空を超えた数奇な連鎖をとらえた『茗荷谷の猫』に、直木賞受賞作で、時代の谷底を砂のごとく生きる者たちの声に耳を傾ける『漂砂のうたう』。ただし、群像劇というなら、直木賞受賞後第1作となった本作こそもっとも相応(ふさわ)しい。

物語のステージは、戦禍の跡も生なましい1946(昭和21)年から、新聞に「希望の年は明けた」の言葉がおどる1950(昭和25)年までの、エンコこと浅草である。

30年も万歳一筋できた旅芸人岡部善造は、旅先で並木路子の「リンゴの唄」を聴いた瞬間、暗い戦争の時代が終わり新しい華やかな時代の到来を感じる。東京大空襲で両親と兄を失った少年田川武雄は、いっこうに去らぬ禍(まが)まがしい記憶と食うための苛酷(かこく)な現実との間を彷徨(さまよ)う。かつて映画監督を志した鹿内光秀は、ポナペ島での兵士体験から自らの思想の無力を思い知らされた今も、映画への夢を捨てきれない。あくまでもお陽気にふるまう笑い芸人善造、寡黙で活字中毒の武雄、あたりかまわず毒舌をとばす光秀。こんな三人が、光秀の知り合い杉浦保がはじめた実演劇場「ミリオン座」で出会う。戦争について杉浦は言う。「風化するはずないじゃない。あんなひどい戦争が」、「でもちょっとは忘れないと、進めないじゃない」。エロより踊りの風間時子や、写真には一家言ある大森優治らも加わって、泣きは容易でも笑うことのじつに難しい、それぞれの「復興」を賭けた闘いがめまぐるしく交錯する――。

群像劇を核心におき、楽しませ考えさせるニューエンタテインメント、堂々の誕生といってよい。

(文芸評論家 高橋敏夫)

[日本経済新聞朝刊2011年10月9日付]

笑い三年、泣き三月。

著者:木内 昇.
出版:文藝春秋
価格:1,680円(税込み)

今なら有料会員限定記事もすべて無料で読み放題

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報