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98キロ、巨漢に挑むチェコ人力士 大相撲・隆の山(上)

白鵬の20回目の優勝で幕を閉じた大相撲秋場所。そこに幕内最軽量、98キロの超そっぷ型力士が大きな相手に向かっていく姿があった。隆の山俊太郎(28)。角界唯一のチェコ出身力士に両国国技館の観衆は連日、拍手喝采を送った。

本名はパベル・ボヤル。母ヤナに女手ひとつで育てられた

逆三角形のしまった体

月代(さかやき)を思わせる大いちょうに、羽織を着て歩く姿は侍の風情だ。だが、着物を脱げば筋骨隆々としたダビデ像のような鍛え上げられた肉体が現れる。

身長185センチはほぼ幕内の平均。しかし体重98キロはそれを約60キロも下回る。逆三角形のしまった体は、ぽってりとおなかの出た関取衆の中で、ひときわ異彩を放っている。

本名パベル・ボヤル。1983年2月21日、チェコの首都プラハに生まれた。幼い頃に両親が離婚し、母ヤナに女手ひとつで育てられた。決して裕福ではなく、「テレビゲームなんて無かったし、遊びといえばとにかく外で体を動かすくらいだった」。

柔道から転身

7歳の時、母の勧めで柔道を始めた。近所の道場に通い、稽古に打ち込むうちにメキメキと力をつけた。16歳になると道場の推薦で国立のギムナジウム(中学・高校に相当する教育機関)のスポーツコースに進学し、柔道漬けの生活を送る。大人も出場する国内大会ですぐに3位になった。

17歳の春に転機が訪れた。東京・両国国技館で行われる世界ジュニア相撲選手権に出場する代表チームの人数が足りない。そこでチェコ相撲協会が助っ人としてパベルに白羽の矢を立てたのだ。

柔道の練習が終わった後、2カ月ほど相撲の稽古をして大会に臨んだ。軽量級で3位入賞を果たすと、チェコの協会から「プロを目指してみないか」と声がかかった。パベルは悩んだ末、「言葉も分からない国。でも関取を目指して挑戦してみたい」と決心を固めた。母に楽をさせたいという思いがあった。

当時は曙、武蔵丸を代表格とするハワイ勢、旭天鵬、朝青龍らモンゴル出身が二大勢力で、欧州からはグルジア出身の黒海がいたくらいだった。

18歳で来日、初土俵

そんなとき、「相撲を世界に広めるには、外国の人に見てもらうことが重要」という鳴戸親方(元横綱隆の里)の持論に触れたチェコ人の知人の紹介で、鳴戸部屋の門をたたくことになった。2001年の九州場所で、18歳のパベルは「隆の山」のしこ名で初土俵を踏んだ。

「日本のことはよく知らなかった。車や電気製品の技術がすごい国というイメージくらい」という異国での生活が始まった。しかも相撲部屋という特殊な世界で。まずはおかみさんに買ってもらったチェコ語辞典を頼りに言葉を覚えることから始めた。

幼い頃から磨いてきた運動能力と、角界屈指の鳴戸部屋の猛稽古でめきめきと力を付けていった。隆の山は初土俵からすぐに序二段、その2年後には三段目、さらに2年後に幕下15枚目と着実に番付を上げた。

だがここから長い停滞が始まる。周りの力士が番付の上昇とともに体を大きくしていく中、隆の山の体重はいっこうに増えなかった。

(敬称略)

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