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大島親方の秘蔵っ子力士 大相撲・旭秀鵬(上)

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2011/9/13 15:30
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しかし県大会決勝で持ち上げて投げた瞬間、相手の膝が左の目の下に当たって顔面骨折した。「もっと大きな目標がある」との監督・高橋義裕の方針で全国大会は断念。県大会決勝で破った相手が全国でベスト8までいき、悔しがった。

■後悔しない道を」と角界入り

防大に留学中の兄と、モンゴル出身の旭天鵬が巡業で知り合い、高校生の旭秀鵬を含めて食事をするようになった。そこで旭天鵬が旭秀鵬の角界入りの願望を知る。

モンゴル初代の旭鷲山が引退、大島部屋の外国人枠が空いた。旭天鵬は「強くなると思った。顔もいいし、体もいい。どうせなら大島部屋へ」と誘った。

しかし、高校側は進路先に推していた大学との関係があり、国費留学でもあるため事は簡単ではなかった。もめにもめた。だが高橋監督が「自分で後悔しない道を自分で選びなさい」と言ってくれた。「相撲です」。迷いはなかった。

高橋は昨年他界。「生きているうちに(十両に)上がって大いちょうの姿を見せたかったですね」。この話になって、"美丈夫"の顔が声とともにゆがんだ。

(敬称略)

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