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「フクシマ」論 開沼博著

事故前から調査した戦後開発史

3月11日の東日本大震災にともなう、福島第1原子力発電所の事故。それは、大きな衝撃を与えたのみならず、いまだに収束していない。原発事故をめぐって、さまざまな議論がなされるなか、原発を誘致した福島の町村に焦点を当てた著作が出された。本書の副題は「原子力ムラはなぜ生まれたのか」とされている。事故が起こったあとに外部から論評するのではなく、福島県いわき市の出身である著者が、すでに数年間にわたる調査を重ねた結果の報告である。著者は、中央(政府)―地方(県)―ムラ(立地地域)の三者の関係のなかで、戦後におけるエネルギー政策のありようを探り、そこに原子力が持つ位置と意味を考察する。ムラは必ずしも成長を望んでいないまま、1950年代半ば以降の高度成長の時期に、地方を媒介者とした地域開発に動員されてきた。しかし、90年代には、ムラが「自発的」に中央に「服従」するようになり、原子力を「抱擁」したという。

こうして、本書では、原子力を鏡とした戦後の地域史――中央と地方、地方とムラの関係の変化をふまえた開発論とその歴史をめぐる考察がなされた。この意味では、本書は「フクシマ」に至るまでの歴史が記されている。

ここでの手法は、実証的で、分析的である。原子力を導入することを図る中央、そしてそれを受け入れることで自律化を図るムラという2つのレベルにおける「原子力ムラ」が、歴史的にたどられるのである。しかも、この2者が、ともに閉鎖的であり保守的であることも見逃されていない。

とともに、このムラの能動性は、3月11日を経ても「不変」であると著者は言う。調査を重ねてきた自負とともに、原発事故後の議論に対する批判があるのだろう。いや、それ以上に、中央の目線からムラの主体性を無視する議論のありようが、著者にはいらだたしかったと思われる。しかし、このことと、東日本大震災での事故以降のムラの意識とは別物である。歴史には、ある切断がみられる瞬間がある。3月11日によって、はたしてムラは変わらなかったのであろうか。

(歴史学者 成田龍一)

[日本経済新聞朝刊2011年8月7日付]

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