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風評被害 関谷直也著

情報社会がもたらす経済的打撃

社会心理学者の立場で風評被害生成のメカニズムを分析してきた著者は「風評」を「うわさ」と区別する。

うわさは「不安」を背景とし、正確・詳細な情報が不足する空隙を想像力で埋めようとして生まれる。これは清水幾太郎『流言蜚語(ひご)』、オルポート他『デマの心理学』等を嚆矢(こうし)として歴史的に確立されてきた古典的定義だ。

それに対して風評は異なる。絶対的な「安全」を求める心理が、多様な情報ネットワークを通じて社会的共振共鳴を起こす。その結果、発生する「経済的被害」が風評被害だと著者は定義する。

たとえば出荷停止基準を超える放射線量が検知されたわけでもないのに福島県産だというだけで農作物が売れない。3.11以後に頻出したこうした風評被害の背景には「政府は安全と言っているが信じていいのか」と考える猜疑(さいぎ)心があり、仮に政府を信じたとしても、基準値以下の僅かな放射線量が将来に何か悪さをしないか心配する心理がある。

こうした心理がマスメディア、更に最近ではツイッターのようなソーシャルメディアを通じて広く伝播(でんぱ)し、「危うきに近づかず」の「予防原則」で行動する人が増えた結果、風評被害が生じる。本書が浮き彫りにするのは、こうして私たち自身が風評被害の加害者となってゆく構図だ。

とはいえ多様なコミュニケーション手段の獲得は人類史の偉大な達成だし、情報リテラシーは現代人に必須の能力、絶対安全を求めたがるのも自然な心情だろう。だが、それらが巡り巡って他人に被害を及ぼすのだとしたら考え方を変える必要がある。風評被害発生のメカニズムを知り、ただ疑うのではなく、過剰な情報の中から信じるに足る内容を見定めるように努める。過剰な安全志向を反省し、いわれなき風評で忌避されているものを「敢(あ)えて」受け入れることも時に必要だろう。

どのようなリスクをどの程度許容するか。日本社会の、そして私たちの「許容量」が、3.11後の今まさに問われていると著者は指摘する。「うわさは智者(ちしゃ)で止まる」というが、風評被害を止める智慧(ちえ)もまた育まれるといい。

(ジャーナリスト 武田徹)

[日本経済新聞朝刊2011年6月26日付]

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