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「最後は神戸」震災後移籍 J1神戸監督・和田昌裕(上)

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2011/6/4 7:00
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東日本大震災が起きた3月11日。練習を終えてクラブハウスに戻ったヴィッセル神戸監督の和田昌裕(46)の目にテレビの映像が飛び込んできた。「津波の映像を見ても最初は何か分からなかった」。震災だと分かると、脳裏に16年前の光景がよみがえった。

「できることは行動で示したい」という

「できることは行動で示したい」という

■阪神大震災後、永島から電話

1995年1月17日早朝。「どーんと激しい縦揺れがきて、とび起きた」。立っていることもできず、家具が倒れた。揺れが収まり外に出ると、何事もなかったかのようだった。

神戸市で生まれ育った和田は阪神大震災時はG大阪の所属で大阪に住んでいた。テレビをみると地震のニュースを伝えている。各地の震度が報じられたが神戸の数字がない。不思議に思いながらも、震災の惨状は断片的にしか伝わってこなかった。

昼過ぎ、電話してもつながらなかった実家とようやく連絡が取れ、家族の無事を確認できた。ホッとする一方で神戸がどういう状況なのか、気になった。

その時、同じ神戸出身で当時清水に所属していた永島昭浩から電話があった。家族と連絡が取れない。車を出してくれないか、と。

■信じられない光景

永島と合流し、午後4時過ぎに神戸に向かった。約6時間の道のりだった。目に入ってくる光景はにわかに信じられないものだった。

建物が崩れ、がれきが散乱し、信号もついていない。リュックサックを背負って、大阪方面に歩いている人がいる。「これが自分の知っている場所なのか」

半年後の7月、発足間もない神戸に移籍した。以前から話はあったが震災で神戸のメーンスポンサーが撤退。交渉が一時中断しても、「最後はやっぱり神戸で選手生活を終えたい」との思いは揺らがなかった。

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