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サラリーマン誕生物語 原克著

昭和初期にみるモダンな生活

(講談社・1900円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)

「サラリーマン」という和製英語が使われはじめたのは大正時代の半ば。工員や店員などと区別された職員(月給取り・ホワイトカラー)で、旧制中学校などの中等教育以上の学歴の者たちの職業だった。

かれらは江戸時代の下級武士の通称である「腰弁」ともいわれたが、他方では「知識階級」や「インテリ」ともいわれた。背広・ワイシャツのネクタイ族で、レコードを聴いたり、紅茶を飲んだりのモダン・ライフのパターン・セッターだった。

本書は、そんなサラリーマンを昭和十一(一九三六)年にみる。狂言まわしは信州から上京し、帝都の商業学校を卒業し、御茶の水にある貿易商社に就職した阿部礼二(アベレージ=平均)。礼二の職場仲間は、東京帝大の理科を出た三角定規(みすみさだのり)と早稲田の文科を出た本野虫雄(ほんのむしお)。物語は三人が省線(国電の前の呼称。鉄道省の電車のこと)のプラットフォームで出会う通勤風景からはじまる。「ラッシュアワー」という言葉は昭和になるともう使われており、電車の乗降扉も自動になっていた。自動扉は「長い停車時間」と「不均一な停車時間」を改善するためのものだった。

著者は、当時のモダン・ライフ風景を『実業之日本』の記事や小説から、モダン・オフィス風景をタイムレコーダーやカードボックス、ファクシミリなどのOA機器から復元する。ファクシミリは、「写真電送装置」といわれ、当時の会社ですでに使用されていたことを知って驚く。OA機器は舶来だけに、海外の雑誌に目配りしてOA機器の来歴にふれる著者の薀蓄(うんちく)を読むのも楽しい。OA機器がつぎつぎに登場し、人間を完全な部品にしていく「機能主義」「能率主義」の中で、三人が「俺たち、これからどうなってゆくんだろう」という気分に陥っていくところで本書は終わっている。

当時のインテリ(サラリーマン)にはシェストフなどの不安の哲学が流行(はや)り、「蒼白い」インテリといわれた。ローアングルからモダン・ライフにしのびよる影の部分をあぶり出す。おもしろうて、やがて不気味となる。

(関西大学教授 竹内洋)

[日本経済新聞朝刊2011年5月8日付]

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