スポーツ > コラム > 記事

駆ける魂

フォローする

初の元Jリーガー社長 J2鳥取・塚野真樹(上)

(2/2ページ)
2011/4/23 7:00
保存
共有
印刷
その他

だが、なり手が全く見つからない。「誰も鳥取からJリーグにいけると本気で思っていない」ためだ。選手ら現場は中ぶらりんの状態になり、やる気がそがれていく。06年の天皇杯で、高知大相手に0-4で大敗を喫する。

「あきらめがなければ大学生にこんな負け方はしない。これまで積み上げてきたものが壊れてしまう」。危機感を持った塚野は湘南から戻り、鳥取の社長になると決断した。

■行動力で昇格導く

いったん思いを定めたら、行動は早かった。地元企業や個人を一軒一軒回って資金を集め、06年末に運営会社を設立。その後も資金集めに奔走し、ガイナーレを軸に地域を活性化しようと熱心に説いた。

積極的に補強も進め、08年には小村徳男、09年に岡野雅行、10年に服部年宏と、日本代表経験者を次々と獲得。着実に地力をつけた。周囲から「こんな小さい県からJ昇格など無理だ。夢だ」と言われ続けたクラブが、10年についにJFLで優勝を果たし、J2昇格を決めた。

塚野が地元を歩くと、スポンサー企業の社長など、顔見知りと頻繁にすれ違い、その場に輪ができる。「街が小さいから」と謙遜するが、それだけ精力的に駆け回り、多くの人を引きつけている証拠だろう。

(敬称略)

  • 前へ
  • 1
  • 2
保存
共有
印刷
その他

電子版トップスポーツトップ

駆ける魂 一覧

フォローする
天才と言われるのが一番嫌だった

 「相手とケンカができないとだめです」。やや物騒な物言いで中田久美(47)は豪放に言い放つ。「ケンカできる選手がコートの中に何人いるか。それでバレーボールは決まります」
 15歳で日本代表に選ばれた。日 …続き (2012/11/10)

選手にヒントは与えるが、指示はまばらだ

 「世界を知らなければ世界には勝てない」。日立時代、当時の監督、山田重雄からそうたたきこまれて育った。世界一は目指すものではなく、当然つかむべきものだった。ロサンゼルス五輪の「銅」は首からすぐ外し、1 …続き (2012/11/10)

勝負どころではセオリーを外したい

 自分が「バレーはケンカ」と思って戦ってきたから、要所で腰が引けるセッターを久光製薬監督の中田久美は認めない。本人によれば勝負強いセッターとは「大事な局面で意表を突くトスをする。勝負どころであえてセオ …続き (2012/11/10)

ハイライト・スポーツ

[PR]