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「3・11」とわれら日本人 震災を共助と連帯の力に

論説副委員長 大島三緒

東日本大震災がこの国を襲ってから明日で10日。原子力発電所の深刻な事故を伴った未曽有の地震は、同時代を生きる日本人のマンタリテ(心性)を大きく変えようとしている。

マンタリテとは、フランスのアナール学派が使いだした社会史の用語だ。ある時代の、ある集団の人々が共有する心の動きや、ものの感じ方を指す。それが歴史の大きな要素だという。

こういう考え方にならえば、私たちの精神を激しく揺さぶっている今回の震災は間違いなく時代の転換点になろう。歴史を動かす力が、震災体験のなかに満ちているかもしれない。

この災厄では、東北地方の太平洋側を中心とする直接の被災地だけでなく、きわめて広い範囲の、さまざまな人々が共通体験を持つことになった。

あの日、3月11日午後2時46分。首都東京も含めて激しい揺れを体感した。誰もが帰宅難民と化し、余震の恐怖におびえた夜がその始まりだ。

それからは、かつてない混乱の日々をみんなが送っている。原発事故に不安を募らせながら鎮まるのをひたすら祈り、電力不足にため息をつきつつ個人も役所も企業もやり繰りを重ね、ガソリンや食料の不足を嘆く一方で工夫を凝らす。

「3・11」の前には予想もしなかった難儀だ。元気を失ってはいても、まだしばらくは、この国の間延びした豊かさと平穏は続くのだろうと漠然と考えていた私たちである。それが、あの日を境にガタリと崩れた。

地震発生以来、こうして広く共有されることになった被災体験、そして秩序の崩壊体験はもちろんマイナスの効果も小さくない。人々は疲れ、経済の動揺と相まって気分が萎え、虚無感にとらわれてさえいる。

しかし、どうだろう。それは戦争体験のように苛烈ではあるけれど、一方で、今ほど助け合いの思いが高まっているときはない。見知らぬ人々との心の結びつきを感じるときはない。他者の苦しみへの想像力が高まっているときはないのだ。

一例を挙げよう。若い人たちが、インターネットなどを通じて「ヤシマ作戦」なるプロジェクトを繰り広げている。人気アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」にちなんだ運動だ。

物語では、敵を倒すために日本中から電力を集め、砲撃する。これと同じように、節電に励んで震災という敵に打ち勝とう、危機を乗り越えようというわけだ。手づくりのポスターも出回っている。

誰が始めたものか、決して深刻ぶらず、それでいて頼もしい動きではないか。デマを流したりモノを買いだめしたりする人もいるけれど、非常時に「ヤシマ作戦」のような運動が起こる社会は誇っていい。

現時点では被災地への受け入れは難しいが、ボランティアの申し込みも殺到している。日本赤十字社などに寄せられる義援金は刻々と増えている。いずれもこれからの復旧と、長期的な復興に欠かせない貢献だ。

阪神大震災でも同じような盛り上がりがあった。しかし今回はより厚く広い支援になりそうだ。背景にあるのは、共有された震災体験にほかならない。自分たちが多少不便でも、もっと困っている人たちがいるという意識がそこから生まれている。

思えば、高度経済成長もバブルの時代も遠く過ぎて方向感を見失い、関心は社会よりもそれぞれの身辺へと向かってきた日本である。ひたむきなものに対し、どこか冷笑的な気分を漂わせてきたのも否めない。

ところが、こんどの「3・11」を機に、私たちのなかに残っていた共生のDNAがよみがえりつつあるようだ。ならば、この震災の苦難を力に変えることができる。関東大震災からも、敗戦からも立ち直ってきた歴史が、それを教えている。

「廃虚」の中から更に新しい芽が萌(も)えだす。新しい心が目ざめてくる――。

作家の田山花袋は関東大震災直後のルポ『東京震災記』に、こう記している。見渡す限り廃虚と化した街に立って、なお勇気を失わなかった88年前の市民の声を聞く思いである。

こんども、惨禍のなかから新しい心が目ざめてくるのだと願って、一人ひとりができることを始めよう。政治は心もとない。進まぬ救援と復旧に、いら立ちは募る。しかし批判の専門家になるのはやめよう。再生の担い手は、私たちなのだ。

せっかくわき出してきた共助と連帯の力をうまく生かして、次の時代を築きたい。いま、東京などでは街の灯がずいぶん消えた。その暗い道を行き交う人々の心に、新しい灯がともったのだと信じたい。

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