2019年6月27日(木)
スポーツ > コラム > 記事

駆ける魂

フォローする

フィギュア史を彩る教え子たち コーチ・佐藤信夫(上)

(1/2ページ)
2011/3/14付
共有
印刷
その他

平日昼下がりのスケートリンクは、大人のレッスンクラス。佐藤信夫(69)が80代の女性の手をとると、みるみる滑りがなめらかになった。助言する真剣な姿は、試合で小塚崇彦や浅田真央を見る時と同じ。

■飾らない誠実な人柄

佐藤の歩みは、戦後日本フィギュア史と同調する

佐藤の歩みは、戦後日本フィギュア史と同調する

仕事の丁寧さを感じさせる。「彼女は50代から始めてね。このリンク(新横浜スケートセンター)は暖かいでしょ。うっすら解けてね、いい氷になる。氷がいいと技術も上がる。施設の進歩も、今の日本フィギュアを支えてるんですよ」。飾らない、誠実な人柄がそのまま表れた口調で話す。

佐藤がフィギュアに出会って今年で60年目。昨年、日本人2人目の世界フィギュアの殿堂入りを果たした。その歩みは、戦後日本フィギュア史と同調する。選手として全日本選手権10連覇、1960年スコーバレー五輪14位、64年インスブルック五輪8位入賞、65年世界選手権4位入賞。日本初の3回転ジャンパーでもある。

■世界の浅田も指導

66年に引退後、就職した。だが、札幌五輪開催を6年後に控え、日本代表コーチに推される。68年グルノーブル五輪では後に妻になる久美子、小塚の父、嗣彦を教えた。「生徒を次々引き受けるうちに抜き差しならなくなり、会社の自己評価シートも書けず、こうなりました」。会社を辞め、コーチ業に専念する。

性格同様、「嘘がなく、現実的な取り組み方をする」(娘で、94年世界選手権金メダルの有香)手法は、着実に選手を生み出し続けた。松村充、小川勝、さらに夫妻でクラスを持つようになり、有香と小塚崇彦をゼロから育てた。

2人を頼りにやって来たのは村主章枝、中野友加里、安藤美姫、荒川静香。そして「あれだけ頼まれたら(断れない)」と今季から見るのが世界女王の浅田。フィギュア史を彩る選手ばかりだ。

  • 1
  • 2
  • 次へ
共有
印刷
その他

電子版トップスポーツトップ

駆ける魂 一覧

フォローする
天才と言われるのが一番嫌だった

 「相手とケンカができないとだめです」。やや物騒な物言いで中田久美(47)は豪放に言い放つ。「ケンカできる選手がコートの中に何人いるか。それでバレーボールは決まります」
 15歳で日本代表に選ばれた。日 …続き (2012/11/10)

選手にヒントは与えるが、指示はまばらだ

 「世界を知らなければ世界には勝てない」。日立時代、当時の監督、山田重雄からそうたたきこまれて育った。世界一は目指すものではなく、当然つかむべきものだった。ロサンゼルス五輪の「銅」は首からすぐ外し、1 …続き (2012/11/10)

勝負どころではセオリーを外したい

 自分が「バレーはケンカ」と思って戦ってきたから、要所で腰が引けるセッターを久光製薬監督の中田久美は認めない。本人によれば勝負強いセッターとは「大事な局面で意表を突くトスをする。勝負どころであえてセオ …続き (2012/11/10)

ハイライト・スポーツ

[PR]