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電子書籍、そろり離陸 人気作家の配信続々と

表現の裾野広げ、読者開拓

電子書籍を閲覧できる端末が相次ぎ登場し、人気作家らも新刊を続々と電子配信している。紙の本や雑誌の販売減少に歯止めがかからない中で、新たな読者を開拓する入り口になるとの期待がある。どこまで浸透するか懐疑的な見方も根強いが、そろり、電子への離陸が進む。

「今だけの表現」

作家らが出版社を介さず自分たちの手で刊行する電子書籍「AiR(エア)」。瀬名秀明らが参加した昨夏の第1号は採算ラインを超える売れ行きだったといい、今月の第2号の出版にこぎつけた。漫画家の吉田戦車が新たに名を連ねるなど多彩な面々が集う。

6日、都内で開いた刊行記念イベントで、脚本家の北川悦吏子は自身の連載「空から降るツイート」について「紙を通さず読んでほしい」と訴えた。「『電話、すれちがったね』なんて、なんでもない言葉が、甘く響くようになったら、それはちょっとヤバイ」。こうしたメモとも詩ともつかない文章が「メールのように親密な感覚」で読者に届くのが理想という。「ただ電子書籍が一般的になってしまえば親密感は薄れる。今しかできない表現かもしれない」

電子書籍という従来にないメディアが新しい読者を掘り起こす。出版界にはそんな期待もある。

紙より安価に

「新宿鮫」シリーズなど多くの人気作を送り出してきた直木賞作家、大沢在昌は昨年末から刊行中の新作「カルテット」(全4巻、第3巻まで既刊)で、紙の本に先駆けて電子版を出している。

ドラマ化の同時進行も含め、30年以上のキャリアを持つベテラン作家をも突き動かすのは「このままではすべてが極小値まで減ってしまうという危機感」だ。「冷笑、あるいは消極的な取り組みは、結局下降しつつある紙メディアの状況に何のプラスにもならない」

昨年12月創刊の「デジタル野性時代」は電子配信に特化した文芸誌。中島京子や大崎善生、赤川次郎ら人気作家の連載を並べ、今月発行の第2号から月刊化。価格は350円と紙の雑誌に比べて大幅に抑えた。吉良浩一編集長は「印刷コストや返本などのリスクを抑えつつ、文芸誌の衰退傾向を少しでも改善できれば」と話す。

村上春樹をはじめ多くの著名作家を輩出してきた文芸誌「群像」は今春をメドに、紙と同じ内容を電子書籍端末などでも読めるようにする。既に過去の掲載作を並べたプレ創刊号は昨年12月に出し、反響を探っている。

依然ベースは紙

松沢賢二編集長は「とにかく文学は新しいことに挑戦すべきだし、色々な人が文学に触れられるようにするのが雑誌の役目」と強調する。「普段は紙の本や雑誌を手に取らないような人が電子版で作品に触れ、その作家や他の小説に興味を持つ入り口になれば理想的」

思いは書き手も共有している。同誌編集部が電子版の創刊について相談した作家らは、ベテランから若手まで、総じて好反応だったという。

もちろんテクノロジーや生活スタイルの変化に向き合わざるを得ない事情もある。昨年12月、新作「かたちだけの愛」を電子版と同時刊行した平野啓一郎は「現代人が文字を読むのは、大半が紙よりパソコンや携帯電話の画面。電子書籍(の登場や普及)は自然な流れ」と指摘。自身の本についても「気合を入れて出すよりは自然に当然のことのように電子書籍を出したかった。(紙の本と同様)生活の中に何気なくあるようなものになればいい」と語る。今後も基本的に新刊は紙、電子同時に出すという。

ただ電子書籍が一気に紙の本に取って代わるという見方は少ない。やはり紙がベースという考えは依然根強い。

「猪突(ちょとつ)猛進ではなく、あくまで冷静に状況を見極めたい」。文芸春秋の西川清史取締役は、同社の看板誌「文芸春秋」が10日発売の3月号から電子版の海外配信を始めたことについてこう説明する。「購読者の比較的少ない海外で、紙との競合の程度などを調べる。まずは実験という段階」。西川取締役自身、電子書籍には懐疑的と明かす。「規格の違いや制作コストの問題もあって、そう容易に浸透しないのでないか。そんなにバラ色ではない」

同誌に芥川賞受賞作が掲載されている朝吹真理子は「読者が楽しめさえすれば紙でも電子でもどちらでもいい」と冷静な構え。だが「(電子書籍では)端末によって文章の組み方が変わる。行数や文字の大きさなどが、執筆時に想定する紙での掲載イメージと異なってしまうので不安はある」とも吐露する。

(文化部 舘野真治)

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