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富士山登頂1011回に到達 登山家・実川欣伸(上)

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2011/1/26 7:00
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1985年、家族そろってお盆に富士山(3776メートル)に登った。42歳。これが実川欣伸(よしのぶ、67)の富士山初登頂であった。静岡県沼津市に住む富士の裾野の住人とすれば1回くらいは、という気持ちだった。

42歳の時、家族と共に初めて富士山に登った

■とりつかれたように富士山へ

それが90年代後半から富士山に取りつかれたように登り始める。昨年は11月21日に1年の登り納めをしたが、これが通算1011回目。昨年だけで205回。常人のなせる業ではない。

特にこの3年間は、記録を意識して挑戦してきたという。2008年は250回を目標に定め、なんと248回。09年も203回だ。米大リーグのイチローの200安打(10年連続)並みに"富士山のイチロー・ペース"を続けている。

本人はこれがとてつもないこととは思っていない様子。「かみさんからは『単なる目立ちたがり屋』と言われています」と笑うが、こんな偉業を達成している達人なのに、そんな気取りが少しもないのが実川の人柄であり魅力である。

■子供の頃から健脚ピカ一

「子供のころから歩くのが大好きだった。小学校5、6年ごろから学校が休みの日は、食パン半斤にピーナツバターやジャムをつけたのを持って、日が暮れるまで磯子の三渓園などを歩き回っていました」

育ったのは横浜市鶴見区。日本鋼管や旭硝子など工場地帯のど真ん中だった。中学ではガキ大将で、相撲も強く、陸上の400メートルでは横浜地区でトップ。

健脚ぶりは際立っていたが、勉強の方は「全然しなかったからさっぱりだった」。

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