/

究めた炭素の縁結び

ノーベル化学賞受賞 反応が安定、産業現場に革新

今年のノーベル化学賞に決まった根岸英一米パデュー大学特別教授と鈴木章・北海道大学名誉教授らの業績は、パラジウムを使った「クロスカップリング反応」。パラジウム触媒を仲立ちにして、難しいとされていた炭素と炭素の結合を可能にする技術だ。広く産業に応用され、医薬品やエレクトロニクス分野で様々な新しい物質の合成ができるようになった。

プラスチックや医薬品など1000種類を超える有機化合物の骨組みは炭素でできている。炭素を思い通りにつなぎ、新しい物質を作り出すことは化学者の夢だった。ところが、炭素と炭素を結合させるのは難しい。炭素同士は強く結びついており、簡単に切り離せない。単に原料を混ぜて加熱したり圧力をかけたりするだけでは合成できない。

これを克服するために編み出されたのがクロスカップリング反応だ。カギは原料となる化合物のつなぎたい場所につける「目印」と、仲立ちをする触媒をうまく組み合わせること。目印は2つあり、1つの目印には臭素やヨウ素などのハロゲン元素を、もう1つには金属を使うことが多い。触媒を介して目印が引き寄せ合い、炭素同士が結びついて「カップル」になる。

先べんをつけたのは理化学研究所の玉尾皓平基幹研究所長らだ。1972年に「熊田・玉尾・コリュー・カップリング」を開発した。目印の金属にマグネシウム、触媒にニッケル化合物を使った。この合成法は空気や水に触れると反応が進まない。しかし、狙い通りに炭素の骨格をつなげる威力に気づいた世界の化学者は改良に着手。多様なクロスカップリング反応が登場した。

同時受賞となった米デラウェア大学のリチャード・ヘック名誉教授も独自に炭素と炭素をつなぎ合わせる研究をしていた。72年に発表した「ヘック反応」では、パラジウム化合物を触媒に使う。パラジウムは水素を多量に吸収して蓄える性質があるため、炭素などと結びつきやすい。しかも離れやすい点に着目した。

2つの原料と触媒を交ぜると、まず片方の炭素とパラジウムが結びつく。パラジウムがもう一方の材料の目印となるハロゲン元素と引き合い、炭素同士をつなぐ。最後に、パラジウムとハロゲンが外れて目的の物質ができあがる仕組みだ。

 さらに発展させたのが根岸特別教授だ。77年に開発した「根岸カップリング」は触媒にパラジウム化合物を使うだけでなく、目印の金属に亜鉛やアルミニウムを選んだ。これらの金属を使うと反応が安定し、合成できる物質の種類が増えた。亜鉛は安く、コストが抑えられる。それまでのカップリング反応に比べて工業化しやすい利点があった。

鈴木名誉教授と北大の宮浦憲夫特任教授は79年、亜鉛の代わりにホウ素を使った「鈴木カップリング」を開発した。その強みはホウ素と結びついた化合物の安定性が高いこと。空気や水に触れても分解しない。従来は特別な有機溶剤中で行う必要があったが、水の中でも扱えるようになった。

安定すぎるホウ素化合物は有機合成に向かないと考えられていた。鈴木名誉教授はそれまでは使われなかったアルカリ溶液を加え、特別な条件でなくてもカップリング反応がスムーズに進むことを見つけた。この改良が決定打となった。

反応を促すために毒性が強い化合物を使わずにすむ。「オールマイティーな反応」と、東ソー子会社の東ソー・ファインケムの江口久雄企画担当部長は評価する。液晶材料や有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)材料、医薬品・農薬などに産業応用が進んだ。

数ある反応の中で、パラジウム触媒は広く産業に使われた。これが今回の受賞につながった。

鈴木カップリングは最先端の研究現場でも利用される。非常に複雑で巨大な構造を持つ有機物の合成に使われ、イソギンチャクや赤潮プランクトンの毒を人工的に作り出すときに役立つ。研究用に多種類の化合物を効率的に自動合成するコンビナトリアル・ケミストリーにも欠かせない技術だ。発明から30年あまりたっても影響力は衰えていない。

(編集委員 青木慎一)

春割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
春割で申し込むログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
春割で申し込むログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
春割で申し込むログイン