気温50度、距離217キロ「地球のでかさ知った」42時間
最も過酷な「ウルトラマラソン」走った岩本能史さん
気温50度にもなる中、累積すると3962メートルを上り、217キロを走るバッドウオーター・ウルトラマラソン(米カリフォルニア州)は「世界で最も過酷なレース」として知られる。7月12日から行われた今年の大会に、ランニングクラブの「クラブ・マイ・スター」で指導する岩本能史(のぶみ)さん(44)が挑んだ。
砂漠の1本道「無力感」
書類選考で出場権を得たのは80人。岩本さんはスパルタスロン(ギリシャ、246キロ)を5度完走、2003年の6位の実績が認められた。
スタートの午前10時、気温は47度を超えていた。車で移動する2人のサポートメンバーから3マイル(1マイルは約1.6キロ)ごとに給水を受ける計画だったが、すぐに1マイルごとに変更。そのたびに500ミリリットルを口にした。
「でも、いくら飲んでも間に合わない」。氷水をかぶっても、少しも冷たく感じなかった。ゴールまでに飲料、かぶり水を合わせて80リットルを使った。
「人間の足は暑さによって止まるということがわかった。血液が凝固するのを恐れて、脳がストップをかけるのでしょう。人が生きていられる環境のレンジは、こんなに狭いのかと思った」
100キロをノンストップで走ったり、70キロを10日で4本こなしたり、暑熱順化のためハワイで走り込んだりしたが、そんなことがまったく通じない世界に立たされ、絶望的になったという。
走れたのは最初の13マイルほどで、あとは標高2533メートルのゴールまでほとんど歩いた。コースは砂漠の中の一本道で単調きわまりない。
「音すらしない世界だから、まばたきの音が聞こえた。動いているのは自分だけ。静止画像の中にいるようだった」。願望と恐怖が再三、幻覚となって現れ、例えばブッシュがサポートメンバーが煮炊きしている姿に映ったという。
山道の水音「安心感」
2晩目に山道に入ると川から水音が届いた。「水がそばにあるという安心感が生まれたのでしょう。助かったと感じた」。25時間で優勝を狙うつもりだったが、42時間13分01秒の46位。
「地球のでかさを知ったというか、あれ以来、世界の見え方が変わりましたよ」
過酷な自然が精神に及ぼしたその変化を、言葉で伝え尽くすのは不可能なのではないか。
(吉田誠一)