2019年2月17日(日)
スポーツ > コラム > 記事

駆ける魂

フォローする

「脱・モール」で新境地 ラグビー監督・瀬川智広(上)

(1/2ページ)
2010/5/12 7:00
共有
印刷
その他

初対面の人とあいさつを交わす際、さっと名刺を取り出して丁重に手渡す。そんな低姿勢からは、屈強な男たちを束ねるラグビーの名門チームの監督とは想像がつかない。トップリーグの東芝ブレイブルーパスを率いる瀬川智広(39)は、誠実なサラリーマンの印象を抱かせる。

前任監督に比べれば名声も威圧感もなかった

前任監督に比べれば名声も威圧感もなかった

優しい雰囲気がマイナスに

2007年の監督就任当初は、そんな優しい雰囲気がマイナスに作用もした。前任の薫田真広が日本代表キャップ(国際試合出場数)44の名フッカーだったのに対し、代表経験のないスクラムハーフの瀬川は選手時代に名声を得たわけではない。こわもての薫田と比べ、ネームバリューでも、威圧感でも劣る。選手にはその手腕をいぶかしく思う向きがあった。

瀬川自身にも、薫田の監督としての実績は相当な重圧となった。02年度からの5年間でトップリーグ3連覇、日本選手権を3度優勝。「親には見せられない」との枕ことばで語られる猛練習の前提となったカリスマ性や、緻密(ちみつ)な戦略を自分が打ち出せるのか、自信がなかった。

しかし、薫田には確信ががあった。「チームをより強くするのは、瀬川しかいない」。長く控えだった経験もあって、バックスコーチとして親身かつ地道に若手や控え選手の強化に取り組む瀬川の姿勢をみて、監督の資質は十分にあると考えていた。

  • 1
  • 2
  • 次へ
共有
印刷
その他

電子版トップスポーツトップ

駆ける魂 一覧

フォローする
天才と言われるのが一番嫌だった

 「相手とケンカができないとだめです」。やや物騒な物言いで中田久美(47)は豪放に言い放つ。「ケンカできる選手がコートの中に何人いるか。それでバレーボールは決まります」
 15歳で日本代表に選ばれた。日 …続き (2012/11/10)

選手にヒントは与えるが、指示はまばらだ

 「世界を知らなければ世界には勝てない」。日立時代、当時の監督、山田重雄からそうたたきこまれて育った。世界一は目指すものではなく、当然つかむべきものだった。ロサンゼルス五輪の「銅」は首からすぐ外し、1 …続き (2012/11/10)

勝負どころではセオリーを外したい

 自分が「バレーはケンカ」と思って戦ってきたから、要所で腰が引けるセッターを久光製薬監督の中田久美は認めない。本人によれば勝負強いセッターとは「大事な局面で意表を突くトスをする。勝負どころであえてセオ …続き (2012/11/10)

ハイライト・スポーツ

[PR]