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(3)沖縄の核配備 佐藤・ニクソン氏が文書

緊急事態に米軍が沖縄に核兵器を再び持ち込めるとした密約文書は、1972年の沖縄返還に向けた日米交渉で、当時の佐藤栄作首相とニクソン米大統領が署名した合意議事録として見つかった。しかし有識者委員会ではこの文書は外務省が関与したものではなく、田中内閣以降は引き継がれていなかったと結論づけた。

米側は沖縄返還後に核兵器を撤去しても、緊急時には再び持ち込める確約を求め、交渉が難航した。日本は非核三原則を掲げ、佐藤首相は米側の要求に応じることに消極的だった。

外交当局同士の交渉が暗礁に乗り上げるなか、69年9月ごろから佐藤首相の密使となった若泉敬氏とキッシンジャー米大統領補佐官との間で秘密裏に交渉が本格化した。 若泉―キッシンジャー・ルートの交渉については若泉氏が94年に出版した著作で明らかにしていた。この本の中で、若泉氏は核再持ち込みの秘密文書である「合意議事録」の草案を暴露した。

合意議事録によると、米側は緊急時に(1)事前協議を経て、沖縄に核兵器を再び持ち込めるようにする(2)沖縄の核兵器貯蔵地を使用できる状態に保ち、活用できるようにする――ことを要求。日本側は事前協議が開かれれば、遅滞なく対応すると約束していた。

今回の調査では外務省内からこの合意議事録は見つからなかったが、佐藤氏の遺族が保管していたとされる文書が発見され、有識者委はその存在を確認した。合意議事録は佐藤首相とニクソン大統領が69年、ホワイトハウスの小部屋でサインしたものだった。

それでも、この合意議事録そのものは「必ずしも密約とはいえない」というのが、有識者委の結論だ。佐藤首相がこの文書を引き継いだ形跡がなく、長期的な効力はないというのがその理由だ。

もうひとつの理由としては、69年11月の日米共同声明の中でも、沖縄への核再持ち込みに含みを持たせる項目があることをあげた。すでに公表された文書にそうした内容がある以上、合意議事録には密約としての意義はないというわけだ。

具体的には、核再持ち込みに関連して、同声明に「事前協議制度に関する米政府の立場を害することなく」との文言が明記されている。有識者委はこれは米側から要請があれば、直ちに協議に応じ、再持ち込みを認めることを示唆したものであるとしている。

有識者委では合意議事録とは別に、外務省が核の再持ち込みを容認することを示唆する別の文書を検討していたことも確認した。両国政府代表の発言を盛り込んだ「会談録」という形式をとり、米国が再持ち込みへの同意を求め、日本側が同意を示唆するという内容。だが、結局、この文書は採用されず、米側にも提示されなかった。

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