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暗闘、揺れた北京の秋 胡氏、一度は主導権

長老巻き返し 5年後へ布石

【北京=島田学】中国共産党の新体制が15日に決まった。最高指導部である政治局常務委員の人選には江沢民前国家主席ら党長老の影がちらつき、5年後には常務委員の候補となる政治局員には胡錦濤国家主席に近い人材が多く選ばれた。権力闘争に揺れた北京の動きを追った。

新指導部の人選は、土壇場まで胡氏主導で進んでいた。

北京の暑い夏を避けるため、共産党首脳が集う河北省の避暑地、北戴河。8月上旬、ここで胡氏は党長老らに常務委員人事の素案を示した。李克強副首相、李源潮党組織部長、汪洋広東省党委員会書記――。胡氏と同じ共産主義青年団(共青団)の出身者で胡氏の側近でもある3人の名があったと関係者は話す。

このとき、胡氏は党総書記だけでなく、軍の事実上のトップである党軍事委員会主席からも退く意向を示す。胡氏主導で進む人選に不服だった党長老の多くも、渋々と人事案を承知した。

共産党では党老幹部の子弟らの「太子党」と共青団が勢力を二分し、水面下で綱引きを続けてきた。4月に太子党の有力者で元重慶市トップだった薄熙来氏が失脚してからは、勢力争いはさらに激しくなっていた。指導部人事がすんなり決まるはずはなかった。

9月1日夕、中国国営新華社が伝えた短い人事情報に北京が揺れた。胡氏最側近の令計画・党中央弁公庁主任(当時)が突然異動となり、息子のスキャンダルが流れ始めた。翌2日、今度は習近平氏が唐突に公の場から姿を消した。習氏の重病説が駆け巡るなか、共青団からは「胡氏が軍事委主席にとどまり、党の安定に努めるべきだ」との声が相次いだ。

胡氏が大きな影響力を持ち続けることに党長老は危機感を強める。胡氏の軍事委主席への留任を阻み、常務委員から共青団の出身者を外すべく、9月中旬から猛烈な巻き返しに出る。

9月22日、北京中心部にある国家大劇院。歌劇に興じる客席に党長老の筆頭格である江氏の姿があった。中国では引退した政治家の動静が伝わるのは異例。10月には上海海洋大学の校長らと会うなど、存在感を誇示し始めた。

 党長老の反攻で大きな役割を担ったのは江氏の元側近で太子党の有力者、曽慶紅・前国家副主席だったとされる。最終的に常務委員に選ばれた7人のうち、李副首相を除く6人までが江・曽両氏の人脈に何らかの形でつながる。11月14日、人民大会堂で開かれた党大会閉幕式。檀上には満足そうに笑みを浮かべる曽氏の姿があった。

習氏の後見役でもある曽氏は、太子党の影響力をさらに拡大するための布石も打つ。その象徴が党規律検査委員会のトップに王岐山氏を充てた人事だ。腐敗を取り締まるポストに太子党の仲間を据え、自分たちの既得権益にメスが入るのを避ける狙いとみられる。

軍事委主席から退き、常務委員の人事でも劣勢に追い込まれたかにみえる胡氏。影響力を維持するために、党トップ25にあたる政治局員の人事を使った。

15日昼、中国国営新華社が政治局員の顔ぶれを伝え始めた。共青団出身で「ポスト習」に最も近いとされる胡春華・内モンゴル自治区党委書記の名前を見つけた共青団の関係者は胸をなで下ろした。「これで胡錦濤時代はまだ終わらない」

常務委員以外の政治局員は18人。5年後の党大会で常務委員が入れ替わるとき、後任はこの18人から選ばれる。年齢を考えると昇格する可能性があるのは11人。このうち6人を共青団の出身者が占めた。

新総書記の習氏はどう動いたのか。胡氏が大きな影響力を残すのを避けたうえ、最終的には軍事委主席にも就いた。共青団の出身者が多いとはいえ、5年後の党人事も仕切るのは習氏。党長老と胡氏の対立で「漁夫の利」を得たと映る。

「新指導部は期待に応えて使命を果たす」。15日の就任あいさつで習氏は胡氏の業績にまったく触れなかった。指導部の顔ぶれは決まったが、5年後を見据えて太子党と共青団の権力闘争は終わらない。

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