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「黒字が消えた国」の生き方 開かれた英国、日本の道標

投資大国、外で稼ぐ 雇用維持へ外資も拒まず

2011年の日本の貿易収支が31年ぶりに赤字に転じた。利子や配当も含めた経常収支も近い将来赤字になるとの観測もある。貿易立国として力を持った国から「黒字が消える」ということは何を意味するのか。その先輩格である英国の例から日本への教訓を探る。

19世紀後半。産業革命が一巡し、米国や欧州大陸など「新興国」との競争にさらされた英製造業は徐々に国際競争力を失っていった。大英帝国の力も衰え始め、第2次世界大戦後はインドなど植民地も独立し経済権益も縮小した。

英国の経常赤字が定着したのは「英国病」と呼ばれる長期の経済停滞に入った1970年代だ。

戦後「ゆりかごから墓場まで」と呼ばれる手厚い福祉政策をとる一方、主要産業の国有化を進め産業競争力は低下していった。73年に起こった第1次石油危機で輸入コストが上昇し経常赤字が急拡大。政策への不信から外国為替市場ではポンドが売り込まれ、76年には国際通貨基金(IMF)の緊急支援を受けた。

その英国が将来に向け大きな選択をしたのは80年代。「鉄の女」サッチャー首相時代だ。ビッグバンと呼ばれる金融自由化を進める一方、国内産業保護策を見直し、外国投資を積極的に受け入れた。「金融・サービス立国」に転換する戦略だ。

サッチャー政権時代の80年代以降、経常赤字はさらに拡大したが、欧州の金融センターとして大量の資本流入を受け入れた結果でもある。97年には労働党が18年ぶりに政権を奪還、ブレア首相はサッチャー時代からのこの政策は引き継いだ。

通貨危機にさらされた92年を底に英国は15年に及ぶ長期好況に入る。金融部門を中心に英経済への信認は高まり海外から資金流入は加速。経常赤字も拡大を続けた。

暗転したのは08年のリーマン危機以降だ。金融部門が失速、不動産バブルもはじけた。景気低迷で財政赤字も膨らみ、海外からの借金を増やし続けるのは難しくなった。

「英国は借金・金融サービス・消費への過剰な依存を改め、設備投資・製造業を増やす調整が必要だ」。10年に就任したキャメロン首相は財政緊縮策を断行するとともに、金融に偏った産業構造の改革を掲げ「金融・サービス立国」路線に反省機運も出ている。

日本は財政は赤字だが経常収支は黒字、英国は米国と同様に財政・経常収支の「双子の赤字」だ。英国の危機感が強いのはポンドがもはや基軸通貨ではなく過去の通貨危機の記憶が鮮明だからだ。米国は赤字が膨らんでもドルの資金調達力が揺らぐ心配は少ないが、英国にその余裕はない。

財政再建を進めながら、金融偏重の経済からの脱却を探る英国。製造業一辺倒からの転換を迫られる日本。日英は正反対の課題を抱えるが、日本に参考になりそうなのは投資への取り組み方だ。

日本企業は円高をテコに海外での企業買収に動き始めたが、10年の英国の対外直接投資の収益率は7.5%と日本の4.6%を上回り、投資大国として一日の長がある。

英国は対外投資に加えて対内投資誘致にも積極的だ。古くは日産自動車などの誘致、最近では水道会社テムズ・ウォーターが中国の政府系ファンドの出資を受けた。双子の赤字でも英国経済が底堅いのは豊富な対内投資の支えがあるからだ。

海外に積極的に投資をするとともに、国内雇用を維持するために外資でも拒まずに投資を受け入れる。日本が英国に学ぶべきなのはその開放性ではないだろうか。

(欧州総局編集委員 藤井彰夫)

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