夕張の現実は日本の明日
夕張市長 鈴木直道(2)

ゆでガエルになっているのに気がつかない日本人
若い人が投票にいかない。政治に興味がない、という話があります。もし、若い人が「政治」に興味がないとしたら、それは「おしりに火が付いていない」んです。実は私もそうだったのですが、夕張にきて考えかたが変わったんです。
私に市長選出馬の要請をしてきた人たちは7人いました。コンビニの店長だったり、土産物店の常務だったり、イベント会社の社員だったり。私が東京都職員として夕張市に派遣されていたとき、ボランティア活動や市のイベントで知り合った、仲間だった人たちです。
彼らは子供が小さい上に夕張に家を買うとか、お店を経営しているとか、夕張自体がよくならないと自分たちも飯を食えない人たちでした。地元に根が生えて動けないんです。
夕張から出て行ける人はみんな出て行きました。今残っているのは、いろんな事情があって出て行けない、一歩も動けない、という人たちです。そうなったら、夕張をよくするしかない。それまでは空気のように感じていた行政サービスに対しても「自分に関わっていること、生きていくことそのものだ」と考えるようになるのです。
膨大な赤字を抱えているという点では夕張も日本全体も大して違わないはず。なのになぜか私たちは「日本」になるとおしりに火がつかない。
問題がないのではなく、気がついていないだけなんです。お湯の温度が少しずつ上がっていくのに気がつかず、実はすごく熱くなってゆでガエルになっていて、気がついたらのぼせきっていた、ということでしかありません。
私も同じだった。たまたま違う環境に行ったから気がついただけです。
夕張に来て気づいた厳しい現実
時々、「鈴木さんはすごい。よくやっているね」と言われます。けれど、私はどこにでもいる普通の一人でしかない。東京都に就職したときも、普通に一生懸命、真面目に働いていれば大丈夫だろう、それなりの退職金ももらえる、東京がつぶれるときは日本もつぶれるときだ……、そんなことを考えていました。
勤務していた東京都が地方自治体としては少し珍しい自治体だったことも影響していたかもしれません。
2008年、夕張市に派遣
地方自治体の職員は多くの人が自分の勤め先の所在地と、住んでいる地域が同じである場合が多い。夕張市に勤めている人は、夕張市民でもある、というふうに。でも東京都の職員は、埼玉や神奈川といった近隣の県から通勤する人が多かった。サラリーマン的というのか、会社に勤務するような気持ちで毎日を過ごしていました。
そんな日々が一変したのは2008年でした。東京都から夕張市に派遣されたのです。その前年、東京都は財政破綻した夕張市に東京都の若手職員を派遣することを発表しました。夕張市は破綻後、職員の退職が相次ぎ人手が足りなくなっていました。また、東京都にとっても破綻の現状を知ることで、学ぶものは大きいと考えていたのです。
知り合いも誰もいない夕張に派遣され、夕張に住んで夕張市で働くようになって、今まで持たなかった疑問を考え続ける日々になりました。それはこれまで意識もしなかった、「自分が日本人であること、法治国家のもとで生きているとはどういうことなのか」ということです。

犯罪被害に遭ったり、罪を犯したりしたら法律に興味を持つのかもしれませんが、皆さんは日ごろ、日本が法治国家であるなんてこと、あまり意識しませんよね。
でも、私は夕張に来て、国が決めた計画や制度のもとで生きることの厳しい現実を、毎日肌で感じるようになりました。
寝ても覚めても、夕張の人たちの生活がどうすれば少しでもよくなるのか、そればかり考えていました。今まではオンとオフがあって、職場では一生懸命仕事をして、仕事を終えて家に帰ればテレビをつけてくつろぐ。日々リセットするような、そんな日常ががらりと変わりました。
全世帯にアンケート 市民の声を再生計画に反映
私の派遣期間は当初1年だったのですが、希望して1年延長してもらいました。仕事に慣れ、市民の皆さんと知り合うなかで、当時の「再建計画」に足りないものがあると感じたのです。
計画は国、北海道と夕張市が合意して決めました。勝手に変えることは難しかった。でもちょうど私の派遣期間が終わる2年目が、地方財政健全化法に基づき新たな財政再生計画(以下、再生計画)が策定される年に当たっていたのです。このチャンスに市民の声を届けたい――。そう思い、夕張市内の全世帯を対象としたアンケートを実施することにしました。
当時、全世帯を対象としたアンケートをやるには人手もお金もありませんでした。そこで、私は母校の法政大学や、何度か夕張で調査をしていた北海学園大学に協力を頼みました。こうして「夕張再生市民アンケート実行委員会」を立ち上げ、市民の皆さんに直接、生活での困りごと、再生計画に盛り込んでほしいことなどを尋ねることができたのです。

アンケート結果は総務省や北海道へ大学生とともに直接届け、2010年から作られた新たな「財政再生計画」に一部、盛り込まれることになりました。具体的には、特に市民から要望の多かった除雪車の出動基準を見直すことができました。それまでは雪が15センチ積もらないと出動しなかったのですが、10センチで出せるようにしました。
ただし、こうした行政サービスの改善を盛り込んだために赤字解消の期間が2年間延長されてしまったり、計画に盛り込めなかった要望もあったりと課題も多く残りました。それでも「これは私にしかできない」と思ってアンケートを実施できたことに、手応えを感じました。
次の世代はもっと苦労する
今の20代、30代の若い人は、第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた団塊の世代の皆さんを支えることを不条理だと思っている。自分たちが年金受給者になったら日本はどうなるのか。経済が縮小していく時代に社会に出て、バブルなんか知らない。そう思う人がいるのはわかります。
でも、長い時間軸で考えたとき、私たちの下の世代はもっと大変になると思います。国立社会保障・人口問題研究所の試算によると、今から46年後、2060年の人口は8674万人、65歳以上の人口割合は39.9%です。
僕はそのころ70代後半だと思うんですが、試算によるとそのときの男性平均寿命は84歳だそうです。生きている可能性が高い。私が支えられる当事者側になったとき、今よりもっと大変なわけです。
今、自分たちが体を動かせるうちに真剣に議論して将来のことを考えなかったら、大変な時代が待っている。そう思ったら少しはやらなきゃな、と思いませんか。
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