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ITで輝く音楽ライブ 無線技術で会場が光の海に

音楽ライブの会場にIT(情報技術)革命の波が押し寄せている。中でも進化が著しいのがペンライトだ。ソニーグループは運営側が無線制御できる発光ダイオード(LED)搭載型を開発。人気グループ「いきものがかり」の全国ツアーなどに導入し、色を刻々と変えて臨場感を高める演出でファンの心をつかむ。2012年の国内音楽ライブ市場は前年比17.3%増の1916億円で、13年もそれを上回り好調を維持したとみられる。ITとのかけ算でライブが盛り上がり足を運ぶ人が増えれば、音楽市場全体の底上げにつながる可能性もある。

いきものがかりが全国ツアーで採用

ソニーエンジニアリングとソニー・ミュージックコミュニケーションズは無線制御できるLEDペンライトを共同開発。音楽ライブで導入例が相次いでいる

「ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー」――。いきものがかりの代表曲「123~恋がはじまる~」が鳴り響く三重県の県営サンアリーナ。観客が一人ひとり持つペンライトの照明で会場全体が埋め尽くされ美しく輝いていた。約3カ月に及んだ全国13カ所25公演のツアー最終日の昨年12月8日、駆けつけたファンの一人坂元恵子さん(仮名、29)さん。吉岡聖恵さんの歌声に聞きほれると同時に、周りのファンが振るペンライトの幻想的な光景に思わず泣き出しそうになった。

「自分がまるで光のじゅうたんの上に乗ったかのよう。過去に行ったライブの中で一番心が躍った」という。彼女を含むすべての観客が手を左右に振ると光が揺れる。腕時計型のペンライトをはめているためだ。

開発したのはソニーのAV(音響・映像)製品の設計などを手がける専門会社ソニーエンジニアリング。無線通信に対応した最新式のペンライト「FreFlow(フリフラ)」がそれで、腕時計形に加えて通常の棒形のペンライトもある。特徴は腕時計形の場合で3万色を50段階の明るさ、棒形の場合で100万色を100段階の明るさに制御可能な点にある。滑らかに変化させたり高速点滅させたり、光の色と明るさの情報を送信機から無線で送るとほぼリアルタイムで変えられる。

基礎技術を作ったソニーエンジニアリングが、音楽イベントを数多く手掛けノウハウを持つソニー・ミュージックコミュニケーションズ(SMC)と共同で12年に事業化した。コンピューター制御によってリズムに合わせて「会場全体を同じ色で埋め尽くす」「エリアごとに変える」など、音楽ライブの運営側は舞台演出に合わせて自由自在に色を瞬間瞬間で変えられる。斬新な舞台演出が可能だとして口コミでアーティストの間に評判が広がり、最近になって導入事例が相次いでいる。

棒形に加え腕時計形(右)もある。腕時計形の場合、3万色を50段階の明るさに変えて点灯させられる

舞台の照明や街の電飾などを手がける新光企画(東京・港)の上山大輔氏は、電飾のプロとしてフリフラの魅力に取りつかれた一人だ。音楽ライブの舞台で既存の照明・電飾と客席のファンが持つペンライトを一体化させ、いかに印象的な演出ができるかに夢中になっている。

いきものがかりの事例もその一つ。アリーナ、1階席、2階席など座る場所によって観客を10グループに分割。各グループのペンライトに点灯させる色や明るさが変わるようにした。ボーカルの吉岡さんが「ワン」「ツー」「スリー」などと拍子をとると、リズムに合わせて会場全体で描き出す模様が刻々と変わる。あたかも巨大な一枚のネオンサインのように、だ。ファンは耳と目の両方でライブを楽しむことができ、会場はいつも以上に一体感あふれた。

斬新な着想ながら、技術は極めてシンプルだ。近距離無線のために割り当てられた920メガヘルツ帯の電波を使って、照明業界で標準的に使われる通信手順(プロトコル)「DMX」で信号を届ける仕組みを採用している。勝手に悪意を持った第三者が信号を送信できないように、無線部分は独自仕様を採用している。

とんとん拍子でNHKの紅白歌合戦に

「ペンライトを無線化するとなんか面白そうだなぁ」。ある日なんとなく頭に浮かんだアイデアがフリフラの原点。ソニーエンジニアリングの海老原英和係長はアイドルが好きで、ライブにもよく足を運ぶ。応援を盛り上げようとペンライトを数多く所有し、改造までしてしまうほど凝っていた。11年当時、社を挙げて新規事業のヒントを探っていたこともあり、「物販でさばけば結構売れるのでは」と思いつき、腹をくくって社長に売り込んだのが始まりだ。

そのおもしろさに社長は首を縦に振る。「よし、やってみろ」とその場でゴーサインが出て、予算300万円もポンと渡された。幸運だったのは海老原係長のチームがスマートメーターの開発に携わった経験があり、無線制御のノウハウを持っていたことだ。約3カ月で50本の試作機を完成させ、それを携えて事業化のヒントを得ようとソニー本社を訪れた。音楽ソフト会社との協業を勧められ、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)の北川直樹社長などとの面会が実現。「これ、BtoB(法人向け)でやるべきだね」(北川社長)と好感触だったことからSMEの子会社SMCとの協業で事業化する道が開けた。

本格テストの第1弾の場として選んだのは女の子6人組アイドル「スマイレージ」のライブだ。12年8月、都内のライブハウスで行われたライブに1000本のフリフラを持ち込んだ。自分たちの応援スタイルを重んじるアイドルファンの間からは、「運営側にペンライトの色まで好き勝手に決められるなんて」と批判的な意見も事前に相次ぎ開発チームは戦々恐々だったという。

蓋を開けてみれば、「熱狂しすぎて振り回したペンライトをぶつけて壊す人も出たほど」(海老原係長)大盛り上がり。次世代のペンライトが醸し出す新しいライブの姿に多くのファンが一夜にしてとりこになった。

点灯の一例。秒単位でリアルタイムに色を変えられる。運営側の照明・電飾のプロが、既存の舞台演出の延長で手軽に活用できる工夫がある
点灯の一例。瞬時に色を変えられるため、徐々に暖色から寒色に変えたりフラッシュのように点滅させたり自在な制御が可能。

テストの大成功により、話はとんとん拍子に進み始める。社内報でライブも模様を取り上げたところ、ロックバンド「フジファブリック」の演出家の目に止まった。東京・代々木公園で行う野外ライブで使いたいとの打診があった。12月上旬に実施した野外ライブで導入したら、今度はすぐ近くにあるNHKの紅白歌合戦関係者がたまたまその様子を目撃。何か新しい演出方法がないか探していたNHKはすぐさま採用を決める。こうして12年末、紅白歌合戦の行われたNHKホールの観客席がフリフラで鮮やかに彩られた様子は、テレビ画面を通じて全国のお茶の間に流れた。

紅白でのアピール効果も手伝って、13年以降は導入依頼が相次ぎ舞い込むようになる。率先して評価したのは上山氏のような照明や電飾のプロたちだ。「導入と撤収に必要な時間はそれぞれ10分以内。ライブに関わる業者なら特別な知識なくすぐに使いこなせるのがうれしい」(上山氏)。準備は照明器具などをつなぐDMXの操作盤にフリフラの送信機を取り付けるだけ。後はほかの照明と同じく、操作盤をコントロールすればいい手軽さをプロたちが評価したのだ。

IT革命の波が押し寄せる照明・電飾界

DMXの操作盤に接続する送信機。ペンライトとの距離は半径200メートルまでなら電波が届く。このため小型ホールから巨大ドームまで様々な場所で使える

実はアナログな世界だった照明・電飾の世界にもIT化の波が押し寄せ、業者はより高度な演出をしてほしいとの要望をアーティストから突きつけられている。最近はすべてコンピューター制御で行うため、照明パターンはあらかじめプログラミングしておく。DMXの操作盤はパソコンを内蔵しており、全自動で会場中の照明・電飾をシナリオ通りに動かせるようになった。ただライブの盛り上がり具合に合わせて担当者が微妙に変更することは欠かせず、昔ながらの職人芸と最新のIT知識の両方が求められている。

初めてフリフラを使ったライブを見た上山氏は、「光のクオリティーが高く、これを使えば斬新な演出できる」と確信したという。海外では似た発想の無線ペンライト技術があるとの情報が耳に入っていたが、照明のプロの目にはいまひとつの印象に映った。「フリフラならほかの照明・電飾と組み合わせてレベルの高いライブを作れる。国産ならではの信頼性の高さも安心」と感じ、職人魂に火がついた。フリフラには送信専用のペンライトもあり、アーティストが歌唱中に自分の好みのタイミングで会場の色を変えられることも目を引いた。

導入したアーティストの側も無線ペンライトの威力には目を見張る。「客席に一台ずつ置いたペンライトをリハーサルで実際に光らせてみると、たいてい『すごい』とうなる」(ソニーエンジニアリングの串田秀明氏)

腕時計形もアーティスト側からの要望で生まれた一品。棒を握る必要がなくなれば両手があき拍手もしやすいと、ファン心理をくみ取った。腕を振ってもほかの観客からもステージからも光がきちんと見えるよう、5つのLEDは埋め込み位置を工夫した。いきものがかりのライブに初導入した際には、会場にいるスタッフも全員が着けてファンと一緒になって腕を振った。ライブでは腕を振るタイミングや方向がばらばらになる光景がよく見られるが、フリフラが放つ光のおかげで観客がスタッフの動きに合わせやすくなり一体感が増したのはうれしい誤算だった。

年末に放映された男性アイドルグループ「嵐」が登場したテレビの音楽番組でも、フリフラは大活躍。都内のライブハウスから中継を行った際、ファンにペンライトを配りあらかじめ腕の振り方をみんなで練習。色の変化に加えて腕の動きに合わせて光が揺れる印象的な演出を成功させた。

新しい取り組みだけに、開発の裏側ではさまざまな苦労があったという。海老原係長がSMEの北川社長と面会した際、実は「大きい、重い、遅い、ダサい、そして高いなど、山のようなダメ出しを食らった」という。帰りの電車はがっくりと落ち込んだというが、奮起してわずか1カ月後には課題をほぼすべてクリアした改良版の開発にこぎ着ける。

夢は東京五輪での採用

フリフラに関わる主要メンバー。元々はソニーエンジニアリングの海老原英和係長(右から2人目)のふとしたアイデアから始まった

最大の難関はコストダウンだった。試作段階では卸値ベースでペンライト1台当たり3500円かかっていた。そこでコストアップの要因をあぶり出し、野外を想定した防水加工やアーティスト側へデータを送る双方向通信、高輝度LEDなど不要な機能を次々つぶしていった。一方でスマイレージのライブでは折れてしまった反省を踏まえ、剛性を高めつつ高級感を高めるデザインになるよう配慮した。棒形のペンライトは、最終的に販売価格を2500円にまで下げることに成功した。

思わぬトラブルも。「プラチナバンド」と呼ぶ新しい周波数帯を使った携帯電話サービスの開始に伴い、周波数の再編時期に開発時期が重なってしまったのだ。近距離無線用に使える周波数帯域が950メガヘルツから920メガヘルツに移ることになり、切り替え日はスマイレージのライブの直前。携帯機器は認証機関での審査が義務付けられており、通過できなければライブは頓挫しかねない。薄氷を踏む思いだったが、「切り替え日の朝10時に一番乗りで認証機関に乗り込んで、なんとか乗り切った」(海老原係長)と明かす。

バッテリー駆動時間の短さにも泣かされた。小型軽量化した結果、駆動時間は最長で4~5時間。ただライブ中に万が一でも消灯することは許されないため、いきものがかりのライブでは1回ごとに電池を新品に変える手間がかかった。会場の客席数の2倍のペンライトを製造し、2日連続の場合は1日目と2日目でペンライトを交換。使わない日に別の場所に移し、人海戦術で電池を変えた。「今後の課題は、LEDの美しさと反応速度を向上させつつ、バッテリー駆動時間をのばすこと。両者のバランスをどうとるかが難しい」(海老原係長)

SMCでフリフラ事業を担当する関口博樹執行役員は「早く100万本を売って認知度を高めたい」と今後の事業加速に期待を寄せる。自分だけのペンライトがほしいという声に応え、一部のライブ会場ではファンへの直接販売も開始した。無線制御しないときでも8色の色に限って点灯させられるものだ。一方でBtoB事業も加速させる計画で、送信機とセットで結婚式場などに貸し出す構想を練っている。

開発チームが本気で目指している「ある夢」がある。それは2020年の東京五輪で開会式か閉会式で採用されること。「光のじゅうたんで新しい国立競技場が埋め尽くされればどんなに美しいか。この目で見てみたい」(関口執行役員)。日本の技術を世界にお披露目するには絶好の機会だろう。ソニーグループが一丸となって舞台演出の技術開発に取り組めば、夢はかなうかもしれない。

(電子報道部 高田学也)

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