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見え隠れするジョブズ氏"遺言" アップル新製品の機能美

米アップルが23日に発表した新製品群は、同社が各分野で今持つ力を出し切った幅の広いラインアップとなった。「まだ見せるものがたくさんあります」とあった記者会見の招待状の真相は、生前のスティーブ・ジョブズ氏が描いた海図に忠実にしたがったさまざまな製品群をとにかくすべて出すことだったわけだ。サプライズには乏しかったが、各製品とも機能美を徹底的に追求。ジョブズ氏の"遺言"がいまだに生き続けていることをうかがわせるラインアップだった。

アップルの原点であるパソコンは究極のスペックを小さなきょう体に収め「Mac Pro」として投入。同社が市場を切り開いた大型液晶のタブレットは性能を上げながら世界最薄・最軽量クラスを実現し「iPad Air」として生まれ変わらせた。そのほかパソコンOS(基本ソフト)に加え写真編集や音楽制作、表計算など数々のソフト群を一新し、クラウドサービス「iCloud(アイクラウド)」では一つのファイルを複数人で編集できるなどオフィスで役立つ機能を追加している。

「ハードとソフト、そしてサービスを組み合わせて誰にも作れない製品を作るのがアップルだ」。ジョブズ氏の後を継いだティム・クック最高経営責任者(CEO)は、米国で開いた記者会見でこう誇らしげに語った。その概念こそジョブズ氏が理想に掲げていたアップルの目指す姿そのもの。その集大成が招待状の背景にあった花びらのごとく「リンゴの花」が乱れ咲きした今回の新製品群だったといえよう。

原点回帰したiPad Air

従来製品より20%薄く28%軽いタブレット「iPad Air」。ジョブズ氏が理想とした9.7インチ液晶を積んだ大型タイプを大幅に進化させた

おまえたち、よくやったじゃないか――。もしジョブズ氏が生きていたら今日の会見をこう褒めるかもしれない。ジョブズ氏の子供たちは入れ代わり立ち代わり登壇し、総力戦で自身が担当する新製品の革新性をそれぞれ巧みにアピールしていった。同日午前、日本で行われたプレスイベントで会見の様子を録画中継で見たが、総括するとジョブズ氏が描いたIT(情報技術)革命の海図を"クック船長"が引き継ぎ、死後2年たってもなんら手を加えることなく忠実にかじ取りしたとの印象が強い。4~6月期だけで純利益約6900億円と有り余るキャッシュの力を借りて、ジョブズ氏の教えとして律義に守り続けたのが今のアップルだ。

期待が大きかったiPadは9.7インチ液晶を積んだ大型タイプをiPad Airと改名。名前の通り従来製品より20%薄く28%軽くした。ただし処理性能は2倍に向上、かつ10時間のバッテリー駆動は維持している。小型軽量化と性能向上という相反する要件を両立させた点に特徴がある。

大型液晶のタブレットは「7インチのタブレットはDOA(病院到着時に死亡)だ」と皮肉ったジョブズ氏が、タブレットの理想としてこだわった形。ジョブズ氏が亡くなった後投入したここ2世代の製品は、「レティーナ(網膜)」と呼ぶ高精細液晶を搭載したことで厚く重くなってしまい魅力が薄れていた。iPad Airによって本来あるべき姿に戻し、原点回帰させたととらえるのが正解だ。デザイン担当のジョナサン・アイブ上級副社長は「デザインと性能のパラドックスを解決するため準備に長い時間をかけた」と明かす。100分の1ミリメートル単位で微妙な調整を行ったといい、開発は一筋縄ではいかなかったようだ。

小型タイプのタブレット「iPad mini」も予想通り液晶を高精細なレティーナに変更した。こちらも性能向上とバッテリー駆動時間の維持を両立し、CPU(中央演算処理装置)はiPad Airやスマートフォン(スマホ)の「iPhone5s」と同じ最新の「A7」。iPad miniの従来製品は「A5」という2世代前のCPUだったので、4倍も高速になった。今回のラインアップ一新は要は「大きいが高性能なタイプと小さいが性能の低いタイプ」の2本建てを「大きくても小さくても変わらず高性能」に仕切り直したと考えられる。

見逃せない「パソコン継続」宣言

「Mac Pro」は主に業務用だが、最高のスペックを追求しつつ斬新な円筒形デザインの小さなきょう体を採用。究極のパソコンという位置づけだ

華やかなiPadに隠れがちだが、今回の発表でアップルはパソコンの世界を引き続き革新させたい強い意気込みを世界に向けて発信したことは見逃せない。自ら引き起こしたスマホ革命、タブレット革命で競合メーカーがパソコン販売で苦戦するなか、アップルはパソコンを生活に欠かせない製品の一つに引き続き位置づけていきたいようだ。

11年に聴衆を前に最後のプレゼントを行った世界開発者会議「WWDC」の中でジョブズ氏は、「10年前はパソコンがデジタル生活のハブになると考えた。しかしそれはもう破綻しつつある」と語った。独自のクラウドサービス「iCloud」を発表したときの一コマで、ハブの役目をパソコンからクラウドにバトンタッチさせる宣言をした。しかしここでパソコン自体を否定したわけではなかった。

パソコンの売上高は2013年4~6月期で約49億ドル(約4800億円)で、全体の1割以上。重要な収益の柱であることに変わりはない。経営資源をスマホ/タブレットにシフトさせる判断もあり得るが、アップルはあくまでパソコンをやめるとはしなかったジョブズ氏の教えに沿った。タブレット同様に、最高のパソコンを作る道を選んだのである。

デスクトップ型として最上位のMac Proは7年ぶりのフルモデルチェンジとなる。円筒形の斬新なデザインを採用し、体積を8分の1に縮小。一方でiPad Air同様に最新のCPUなどを惜しみなく詰め込むことにこだわった。ノート型の「MacBookPro」も今回発表しており、こちらも高性能化とコストダウンを追求している。

大胆だったのが、同日公開した最新のパソコンOS「OSXマーベリックス」を無償としたこと。プレゼン中に米マイクロソフトのOSはアップグレードに約200ドルもすると久しぶりに対決姿勢を示して会見に参加した聴衆の笑いを誘った。それだけではない。写真編集や表計算など6種類のソフト群の最新版も、マックの利用者にタダで提供することを決めている。

同社はクラウドサービスiCloudも原則無料で提供している。ハードとソフト、サービスを垂直統合でひとまとめにしているアップルだからこそ取り得る手法だ。米アマゾン・ドット・コムは強みのサービスでハードの収益を補うビジネスモデルだが、アップルは中核はあくまでハードウエア。ソフトやサービスを無料化しハードで補う戦略を取りやすい。

見逃せないのはMac Proは米国で生産すること。すでに2000人を雇用したという。製造の面では米国に回帰させた

生真面目なクック船長とジョブズ氏の子供たちはこれからも当面、戦略で大きなかじを切ることはないだろう。カリスマがしたためた海図に描かれた宝島に向かうルートをひたすら船を走らせていくだけに違いない。これからのアップルにジョブズ時代の魔術めいたサプライズは期待しにくい。宝島にたどり着いた後、新しい海図をどう手に入れるかも見えてこない。

ただAirの先駆者である薄型ノートパソコン「MacBook Air」は08年の登場以来5年もの長きにわたって、大きなデザイン変更をしないまま改良と低コスト化を続けた。ジョブズ氏も生真面目な男だったのだ。いまだにMacbook Airは同社を代表する製品として消費者に支持され稼ぎを生んでいる。日本のプレスイベントでiPad Airの実機を試す機会があったが、大きいが重いという大型タブレットの常識を一新し完成度は高いとの好印象を持った。今後のタブレットの標準形として定着すれば、決定版としてMacBook Airと同じ道をたどる可能性がある。

ジョブズ氏は亡くなる直前、社員に向かって「アップルの最も輝く、最も革新的な日々はこれからだと信じている」という遺言のようなメッセージを送った。リンゴの花は新種は登場しなくとも、まだ当面枯れそうにない。

(電子報道部 高田学也)

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