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生中継で色めく音楽ライブ サザン復活で映画館に6万人

IT(情報技術)の進化が音楽ライブの世界に新風を吹き込んでいる。ライブ会場と全国の映画館を通信回線でつなぎ、ライブの様子をそのまま生中継する「ライブビューイング」がここ数年で急増。チケットを買いそびれたり会場までの距離がネックであきらめたりしていた熱心なファンばかりでなく、ライブに及び腰だったライト層の取り込みにも一役買っている。数日に1回はなにかしら開催しており、映画館のライブビューイングの市場規模は2012年に50億円と10年比の5倍に伸長している。アーティスト側もファンと絆を深めつつ新たな収益源になると期待しており、開催に積極的になってきた。新たなライブへの参加の姿として根付くことで、音楽ライブ市場は今後ますます盛り上がりそうだ。

「アバター」が映画館をライブハウスに変えた

映画館でライブ会場の様子を生中継する「ライブビューイング」を楽しむ人が増えている

「北海道の札幌のみんな、盛り上がってるかい?福岡の天神、そっちはどうだい?」――。5月末、人気男性歌手の平井堅さんは映画館のスクリーンを通じて、全国34カ所にいるファンに呼びかけた。恒例の「Ken'sBar」と題した公演を日本武道館で開催した際の一コマだ。平日だったことから、武道館に足を運ぶことができない各地のファンへのサービスの一環として、ライブビューイングを今年初めて活用した。

目の前にアーティストがいるわけではないが、映画館が備える高い品質の映像・音響設備のおかげで楽曲や会場の雰囲気は生々しいほど忠実に再現されるのがライブビューイングの魅力。加えてマイクパフォーマンスで映画館ごとにそれぞれ呼びかける試みも手伝ってファンは大喜び。日本武道館の会場にいるファンと全国の映画館のファンは、隔てなくアーティストを中心に一つにまとまった。

映画館でのライブビューイングが実現したのは、光回線経由で上映用のデータを受け取れるデジタル設備が広がったためだ。3D(3次元)に対応したSF映画「アバター」の公開をきっかけに各地の映画館は従来のフィルムの使用を相次ぎやめた。その結果、通信回線を有効活用しさまざまなネット連携を模索できる土壌が整った。

音楽ライブを開く会場もデジタル化が進む。音響機器や舞台の様子を映し出す巨大スクリーンの制御はデジタルで行うようになり、光回線を引き込んでネットの機能を活用するのも一般的になった。スクリーンに映し出すためや後日発売するDVDやブルーレイ用に収録するためのビデオカメラもデジタルで進化。巨大スクリーンやDVD用の映像をそのまま音声付きで通信回線に流せば、簡単に映画館へと届けられる。

送り手と受け手の双方でデジタル設備が整ったことで、ライブ会場も映画館も特別な装置やコストをかけずにライブビューイングに乗り出すことができる。ライブ会場から映画館にデータが届くまでの遅延はわずか0.5秒でほぼリアルタイム。簡単に高い品質で全国へ生中継できる環境がITの進化によって整った今だからこそ急激に盛り上がったといえよう。

市場拡大によって、ライブビューイングを専門に手掛ける企業も現れている。アミューズやファミリーマート、WOWOWが11年に共同出資で立ちげたのがライブ・ビューイング・ジャパン(東京・渋谷)。久保田康社長は「昨年だけで年間40本以上開催した。今年はその1.5倍とペースはさらに拡大中」と胸を張る。8月31日と9月1日にアミューズ所属のサザンオールスターズが5年ぶりに行った復活ライブでは、過去最大規模となる全国120館で実施。約6万人のファンが映画館に駆けつけた。

魅力はチケット代、ライブの約半額

運営会社の一つKDDIは7月に参入し、JUJUや黒夢などを開催した実績がある。左から3番目が事業を統括する商品統括本部の片岡浩一サービス企画本部長

KDDIも新規事業の一つとして力を注ぐ。7月に「Live'Spot」の名称でサービスを開始し、8月に女性歌手のJUJU、9月にロックバンド黒夢のライブといった具合に矢継ぎ早に生中継をしている。JUJUの場合、総席数がわずか約300しかない東京・南青山のライブハウス「ブルーノート東京」で行ったお宝級のライブだっただけに、チケット争奪戦に敗れたファンの受け皿となり好評を博した。

ライブビューイングの魅力は大きく4つある。「まずチケット代が安い。そして高い品質の映像や音響設備が臨場感を高めてくれる。ビールやポップコーン片手に座ったままOKで、トイレにも行きやすいなど気楽に楽しめる。また自宅や会社の近くでさっと会場入りでき、悪天候も気にせずOK」(KDDIで事業を統括する商品統括本部の片岡浩一サービス企画本部長)

通常ライブのチケット代はは6000~8000円するところ、ライブビューイングは3000~3500円が中心。ライブに行ったりCDを買ったりするほどには好きになっていないアーティストでも、チケット代が安ければライブに行ってみようという気にもなる。

サザンオールスターズのライブでは、ライト層をうまくとらえたことを象徴する光景がそちこちで見られた。会場にはシニア層の夫婦や、子供が両親と祖父母と3世代が連れ立って訪れるケースがあったという。これまでなら「そもそもお金がかかる」「子供が泣いたら」「移動が大変」「ずっと立っているのはシニアにはきつい」と、ライブへの参加をあきらめてきた人々だった。

サザンオールスターズの場合、ライト層に配慮して楽曲が始まるとテロップとして曲名を表示し歌詞もカラオケのように挿入する工夫を施した。おかげで各地の映画館は大合唱する人々であふれ、ライブ会場と同様に場内には熱気が立ちこめた。

実はライブビューイングは、音楽業界と映画業界がそれぞれ抱えている悩みをお互いに解消できるうってつけの「コンテンツ」だったという側面もある。

音楽業界は昨今、CDなど音楽ソフトパッケージの販売低調に悩む。配信サービスに力を入れるものの、CDの落ち込み分を補うまでに成長していない。CDなどの総生産金額は12年に14年ぶりで前年実績を上回ったが、アイドル人気や大物歌手のベスト盤による一時的なものだったとの見方が強い。音楽離れを食い止めるためにも、楽曲などを買ってくれるファンを増やす抜本的な対策を打たなければいずれ立ちゆかなくなるとの危機感があった。

10席のうち7席が空いていた平日の映画館

全国各地に映画館を抱えるシネコン最大手のイオンエンターテイメントはライブビューイングの開催に積極的。写真は「イオンシネマみなとみらい」(横浜市)

一方の映画業界も、年間興行収入は約2000億円とほぼ横ばいの状態が続く。休日や祝日こそ満席になるものの、平日は空席ばかりが目立つ。座席の平均稼働率は25%前後とされる。厳しい状況は老舗映画館の閉館やシネコンの再編を生み、12年の全国のスクリーン数は3290と前年から49も減った。デジタル化のための設備投資分を回収するためにも、スクリーンの有効活用が課題だった。

ライブビューイングを積極的に推進すれば音楽業界にとっては既存ファンとの絆を強めつつ新たなファンを呼び込める窓口をつくれる。映画業界にとっても座席の稼働率を高められる。「映画館という"箱"を映画以外のコンテンツのために使えるのがメリット。中でも人気の高い音楽ライブなら客を呼び込める」。全国各地に映画館を抱えるシネコン最大手のイオンエンターテイメントの大山義人営業本部長はこう期待する。休日と平日の座席の埋まり具合のギャップを埋めるために、積極的にライブビューイングを開催していく意向だ。

映画館でライブビューイングを実施する際のビジネスモデルは、運営会社とアーティスト、そして映画館が収益を一定比率で分配し合う「レベニューシェア」型だ。回線やカメラなどの追加コストはほとんど掛からないため売り上げの大半をそのまま得られ、うまみのある商売といえる。大物アーティストなどがこぞってライブビューイングに取り組むのはこのためだ。

当初は「チケットが安い映画館にファンが流れれば、ライブ会場がスカスカになるのでは」と危惧するアーティスト側の声もあったという。ただこれまでのところ取り越し苦労に済んでいるようだ。

サザンの場合、ライブ会場のチケットを正午に発売し、午後3時からライブビューイングのチケットを発売。すると即座に完売しライブにいけないと涙をのんだファンが直後に発売したライブビューイングへと一気に流れた。映画館のチケットも程なくほぼ売り切れ、結果としてライブ全体の動員数を底上げできた。サザンのようなモンスターバンドでなくてもライブビューイングで1万人程度の集客は難しくないとされ、チケット代の売り上げを最大化するのに貢献してくれやすい。

人気を受けて、映画館という魅力的な場をさらに有効活用する動きも始まった。代表的なのがアーティストの関連グッズの販売。音楽ライブでは昨今、チケット代に次ぐ新たな収益源に育てようと、アーティストがさまざまな趣向を凝らしたグッズを会場で販売している。例えばエイベックス・グループ・ホールディングスは13年3月期に343公演ものライブを実施し185万人を集めたが、グッズで90億円(前年同期比27%増)を売り上げている。ライブそのものの売り上げは233億円だからいかにうまみがあるか分かる。

ライブ会場と同じようにファンの熱気でムンムンしているライブビューイングの会場はグッズ販売にうってつけだ。そこで映画館内にグッズ販売コーナーを設けるケースが増えている。ライブ会場では長い列ができて購入までに苦労することもあるが、席数の限られた映画館なら安心だ。売り切れてがっかりする心配も少ない。

9月に実施した人気ダンスグループ「EXILE」の場合、映画館限定グッズを販売しファン心理をうまくあおった。「全国ツアーをライブ会場で楽しんだ人が、限定グッズほしさに後日映画館を訪れるケースもあった」(ライブ・ビューイング・ジャパンの久保田社長)。ライブ会場と同様に開演の数時間前から映画館を訪れグッズを購入するファンも目立ったという。ライブチケットを2回分買って、グッズも2カ所で買ってくれる――。そんなありがたいファンによる好循環が生まれている。

次はアジアなど海外でも同時生中継

銀テープを発射するなど、臨場感を高める演出に凝ろうと新たな試みも出てきている

より臨場感を高めてファンの満足度アップに努めようと新たな試みも出てきている。KDDIは「Live'Spot」で4種類のスピーカーと低音を出すサブウーファーを駆使する「5.1チャンネル」というサラウンド音響システムを導入した。ライブ会場にマイクを追加設置して収録する必要があるが、映画と同じように音に包み込まれる雰囲気で楽曲を楽しんでもらえるようにした。

ライブ・ビューイング・ジャパンの場合は、アイドルグループのももいろクローバーZのライブで銀テープによる演出を導入。この演出は映画館では難しいため、全国数カ所のライブハウスを特別な演出付きのライブビューイング会場とした。ライブ会場で銀テープが舞うと、同じタイミングで銀テープを発射するようにしたのだ。

ライブハウスならではの「爆音」スピーカーが演出を後押し。「ライブ会場と同じか、いやそれ以上かも。いつもよりノリノリだった」とライブハウスを訪れたある「ももクロ」ファンは大喜びだった。

国内のファンへの認知度が高まったことを受けて、運営会社は次の一手を考えている。彼らが見つめる先はアジアなど海外市場だ。通信回線さえあれば、原理的には世界中のどこの映画館へでもライブの様子を届けられる。音楽業界はこれまで日本人アーティストを海外市場へ売り込もうと果敢に挑戦してきたが大きな成果を得られていない。そこでライブビューイングのインフラを、コストを抑えて現地でアーティストを売り込むのに使ってもらおうと考えている。

ライブ・ビューイング・ジャパンの久保田社長は「まずライブビューイングで現地のファン基盤を築いておき、ある程度浸透したタイミングでアーティストを現地に連れて行けば、効果的にプロモーションを実施できる。アーティスト側にはリスクを最小限に抑えられることをアピールしていく」と海外進出の魅力を説く。逆に日本人アーティストの海外公演を「逆輸入」する需要も大きいとみている。既にロックバンドのラルク・アン・シエルや女性テクノグループPerfumeで実施した実績があり、手応えを感じている。

ITが生んだ新たな音楽ライブの楽しみ方。国内の音楽市場を拡大させる呼び水としてはもちろん、国境を超えて日本の音楽を世界にいつでもリアルタイムに届けられる基盤に育つとの期待も大きい。政府が推進する日本文化を海外へ売り込む「クールジャパン戦略」を追い風に、映画館という世界中にはり巡るパイプラインを通じて日本人アーティストがどんどん海を渡っていく日はそう遠くないかもしれない。

(電子報道部 高田学也)

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