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奥深すぎる歌声合成ソフトの世界 記者が「ボカロP」修行

「ネットの投稿サイトにはキャラクターが歌う音楽動画があふれてるらしいな」。担当デスクが声をかけてきた。「ボーカロイドってやつですよね」と答えたら、デスクの目が光った。「それそれ、その音楽動画を作ってみよう。よろしくな」。えっ、知っているのはボーカロイドって言葉だけで、音楽は苦手ですが……。こうして猛暑の中の苦闘が始まった。

まずは教えを乞いに名人を訪ねる

調べてみると、ボーカロイドはヤマハの歌声合成技術で、2003年に開発されたそうだ。今年でちょうど10年。今まではウィンドウズ版が普及していたが、8月にはマック版も発売された。ヤマハが技術をライセンス供与し、ソフト製作会社などが歌声ソフトを売り出していることもわかった。

ボーカロイド普及に一役買っているのが「初音ミク」に代表されるキャラクターたち。作った楽曲にキャラクターの画像を組み合わせた動画が投稿サイトにアップされ、実在のアイドルさながらの人気者になっている。よし、一応の基礎知識は身に付けた。いざ!

「ボーカロイド」で記者が曲作りに挑戦、イラストも組み合わせて音楽動画を仕上げた

日経産業新聞記者が作成した、オリジナルのボーカロイド楽曲「シメキリドキドキ」(上の画像をクリックすると、完成した楽曲と動画が再生されます)

向かったのは東京・渋谷のヤマハのスタジオ。ピンクの髪がポップな通称「かごめP」さんが出迎えてくれた。ボーカロイドでの曲作りの名人を、「ボカロP(PはプロデューサーのP)」と呼ぶのがこの世界の習わしらしい。ちなみに、「かごめP」さんが初公開した曲は「かごめかごめ」。奥深すぎる……。

とにかく名人の教えを仰ぐことにした。作業はヤマハの歌声合成ソフト「ボーカロイド3」と、ソフト各社が製品化している「ライブラリ(音源)」ソフトを一緒に使う。ライブラリは歌声を収めたデータベースのようなもので、歌声は各社のソフトごとに違う。また、その歌声で歌うキャラクターが設定されている。

ボーカロイドは音の断片である音素を巧みにつないでいる。この音素は歌手や声優の声を基にしている。今回はライブラリに音楽ソフト会社、インターネット(大阪市)が販売する「Megpoid(メグッポイド)」を選び、キャラクターに「GUMI」ちゃんを起用した。声優の中島愛(めぐみ)さんの声が基で、元気でかわいい。

ただ、こうしたソフトを使う前に、素材が必要となる。素材とは歌詞やメロディーだ。実はこれが最大の難関だった。そもそも素人の私にはメロディーなんて簡単には作れない。好きな楽曲のデータをネットで拾ってきて、それに手を加える人も多いらしいけど、「オリジナル曲だぞ」というのがデスクの厳命。勝手な注文だ。

そこに耳寄りな情報が入ってきた。社内の他部署に作曲が趣味の先輩がいるという。頼み込み、手伝ってもらいメロディーを用意した。これには別の音楽編集ソフトを使ったが、最近は曲作りも楽器なしでパソコンでできる。歌詞もなんとか書き上げ、再びヤマハのスタジオを訪ねた。

かごめPさんはパソコンを立ち上げ待っていてくれた。画面左に鍵盤が並ぶ。マウスでクリックすると、「♪ドレミファソラシド」と奏でる。鍵盤の鍵ごとに横に広がる箱型のバーに、マウスを使い順に音符を作るのが基本作業。五線譜に書くようなもので、縦軸が音階、横軸が音の長さになる。音の長さは緑で表示されたバーをドラッグして決める。この時点で、音符にはすべて「あ」の歌詞が入る。

感動の瞬間、ついに歌い出す!

1小節分ほどの音符を入力して再生すると「♪ああああーああーあーああー」と流れる。歌ってくれた。感動! 少し要領がつかめた。1分超のメロディーの音符をすべて入力した。

次は記者の日常を盛り込んだ持参の歌詞を入力。タイトルは「シメキリドキドキ」。1小節目は「手短にと言われて粘る」。記者が取材先に食らいつき話を聞く様子を歌詞にした。歌詞の「あ」の部分に1音ずつ「て」「み」「じ」と入力する。

「歌詞の流し込み」機能もあり、すべての詞を一気に入力できる。でも、ズレも生じるため削除したり、コピペしたりして修正。すべて入力して再生。「♪てーみじかにーといわれてねばるー」。おー楽曲になった。人工的なボーカロイドの声に愛着が湧く。

ここでかごめPさんが「あとは調教です」。「は? 馬ですか」と間の抜けた質問にも「表情を豊かにするアレンジです」と丁寧に説明してくれる。歌に様々な抑揚や効果をつけ完成度を高めることを、この世界で「調教」と呼ぶらしい……。

一定の長さの音符には自動でビブラートがかかるが、そのほかにも1つの音符の音の大きさに強弱をつけたり、スタッカートや巻き舌にしたりと自由自在だ。

作業は難しくないが、経験でセンスを磨き上達していくらしい。調教し尽くし、まるで有名歌手が歌っているかのような曲を作る人もいる。こだわると際限はないが、私が原稿の締め切りにドキドキしかねない。

結局、作業時間は正味3時間ほど。デスクに曲を披露すると「いいね。ネットに流れているように画像もつけてね」。苦労が分かってない。軽すぎる。そしていよいよ動画づくりに挑むことに。

 音楽はインターネットの影響力を最も受けた分野だ。米アップルの音楽配信iTunes(アイチューンズ)ストア」が2003年に登場、過去10年でコンパクトディスク(CD)に代わってネット配信が主役になった。音楽ビジネスに限らず娯楽としての面白みも広がった。
 曲を聴くだけでなく、制作・共有という楽しみを生んだからだ。その立役者がヤマハの歌声合成技術「ボーカロイド」だ。東京工芸大学が今年実施した調査では、対象1000人うち676人がボーカロイドの曲を知っていると回答。20歳代前半は7割超が視聴経験があった。
 合成技術を使ったキャラクターでは「初音ミク」「Megpoid」「IA(イア)」「蒼姫(あおき)ラピス」などが人気。実際の歌手のように扱われ、売れ筋ランキング上位に入る。
 ボーカロイドはソフト一式が2万円ほどで購入できる。自作の楽曲がヒットし、著作権収入を得る達人も現れた。素人が瞬く間に、ネット上で売れっ子作曲家になるケースも出始めた。

続いてプロモーション動画作りへ

ボーカロイドを使った創作活動は曲作りだけで終わらない。ネット上の作品には、個性あふれる動画が花を添えている。

今回はインターネット(大阪市)が販売するライブラリ(音源)ソフト「Megpoid(メグッポイド)」を使い、キャラクターは「GUMI(グミ)」ちゃんに決めた。GUMIちゃんをはじめとするキャラクターには、自由に使えるフリー画像がネット上に数多くある。

なんでこんなにフリー画像があるのだろう? 実は、ライブラリソフトを販売しているソフト会社は、2次創作しやすいようキャラクターをデザインしている。表情やポーズを変えた派生画像を自由に作ることを認めているのだ。オープンなルールにして、キャラクターの認知度を上げソフト販売増を狙っている。

画像によってニュアンスが違い、どの表情、どのポーズにしようか迷う。何枚かデスクに見せ、選んでもらった。「これ」と指さすデスクは妙にうれしそう。この人の趣味、こうなんだ……。

動画作成にはインターネット製の「ニコニコムービーメーカー」という動画編集ソフトを使うことに。同社営業部の西村創さんに基本操作を教えてもらった。「楽曲、画像などの素材をどう料理するか、つまり、組み合わせ方で動画の出来が左右される」と西村さん。

ニコニコムービーメーカーの編集画面は、楽曲制作に使ったボーカロイドと似ている。映像や音楽を編集するパートが並び右にボックスがある。

ところで、音楽動画の構成は千差万別だ。ただ静止画を映しBGMが流れるものから、3次元(3D)映像と曲を組み合わせた素人とは思えない作品もある。

格闘の末、デビュー曲が完成

私には3D制作は無理。ということで、今回は楽曲とイラストをコラボレーションさせるだけにした。けれど、ちょっと欲張り、GUMIちゃんの画像とともに「私」のイラストも取り込むことに。私のイラストは岐阜県のOL、渡辺愛子さんに描いてもらった。

これで材料はそろった。作業を始めると、ほとんどはドラッグ&ドロップの繰り返し。楽曲と画像のデータをうまく連動させるのがコツ。3枚のイラストをざっと並べて再生しただけでも、それらしい動画になった。

「ボーカロイド」で記者が曲作りに挑戦、イラストも組み合わせて音楽動画を仕上げた

日経産業新聞記者が作成した、オリジナルのボーカロイド楽曲「シメキリドキドキ」(上の画像をクリックすると、完成した楽曲と動画が再生されます)

さらに高みをめざそう。曲の時間を3等分し「エフェクト」と呼ばれる特殊効果で味付けする。プレゼンテーション用のソフトと同じで「ズームイン」「ズームアウト」などのパターンがある。画像の切り替え効果などと合わせて演出できる。

詞のテロップも付けなくては。これもキーボード入力すれば済んでしまう。再生してみると手作り感が心に響く。これで私の音楽動画は完成!

振り返ると、やはり最初のメロディー制作が最も難関だった。幸い、作曲が趣味の先輩がいたからよかったものの。そんな感想を漏らすと、インターネットの西村さんが「実は秘策があります」と、同社の「Singer Song Writer」という音楽作成ソフトを教えてくれた。

このソフトを使えば、鼻歌からメロディーを作って楽譜にしてくれる。すごい! デスクにも教えると「今度ラブソング作ろっと」だって。ほんとにお気楽だ……。

 ボーカロイドは投稿動画サイト「ニコニコ動画」の広がりなど時流に乗って人気が増幅した。素人の曲がネットで話題を呼び、カラオケで歌われたり、ダウンロード視聴されたりするケースも出てきた。キャラクターの2次創作を認めたこともファンが増えた要因だ。
 「楽師」「作詞師」「調教師」「絵師」。メロディーや歌詞作り、編曲、イラスト作成などネット上で役割を分担する参加者の呼称だ。ネットの世界のトレンドに溶け込み、オタク文化の壁を取り払った。
 矢野経済研究所が発表した調査によると、ボーカロイド関連の市場規模は2012年度に73億円(推計)と急成長した。スマートフォンのアプリやゲーム、書籍などにもボーカロイドのコンテンツが浸透し、多言語化も進んでいる。

(児玉小百合、森園泰寛、高橋一文、木代俊一郎、江口和利)

[日経産業新聞2013年8月29日、30日付]

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