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被災地で始動、未来の地域医療「クラウドカルテ」

病院、介護施設、薬局が組織の壁を越えて患者の情報を共有する――。IT(情報技術)を生かした地域医療連携の意欲的な取り組みが被災地・宮城県で動き始めた。東北大学や県医師会、介護事業者などの関係組織が結集し、地域医療の革新をめざしている。

石巻・気仙沼で70施設以上をつなぐ

NTT東日本「光タイムライン」は複数の病院にまたがる診療情報を患者ごとに時系列で一覧できる(写真はサンプル画面)

医療業界でこれまでにない取り組みとして注目されているのが、病院や事業者がクラウドを通じて電子カルテなどを相互に共有する新システムだ。7月、県北東の石巻・気仙沼地域(人口約29万人)で70施設以上が参加し仮運用が始まった。今後2~3年をかけて県全域をカバーするのが目標で、第一歩を踏み出した。

このシステムでは、情報共有に同意した患者一人ひとりに独自の16ケタのIDを割り当てる。その上で、各病院や施設の利用者番号などと関係付ける。過去にどんな病気にかかり、どの病院でどんな治療を受けたか。これらの情報は従来なら患者本人の記憶に頼るしかなかった。今後は医師がデータベースから簡単に引き出せるようになる。患者が引っ越したり転院したりしても、病歴などを確実に引き継げる。

かねてIT化の遅れが指摘されてきた医療分野。地域医療の連携が切実に求められるようになったことで、IT導入の機運が一気に高まっている。住民の高齢化や過疎化、医師の偏在などで地域医療を取り巻く環境が大きく変わってきたためだ。病院や薬局などが単独で機能するのでは限界があり、病院などが互いに補完し合いながら質の高い医療を提供するという考え方がここに来て支持を集めるようになった。医療業界の動きを後押ししようと政府は6月、打ち出した成長戦略に地域医療介護連携ネットワークの推進を盛り込んだ。

主な地域医療連携の動き
名称主な連携地域
旭川クロスネット北海道旭川市
みやぎ医療福祉情報ネットワーク宮城県気仙沼市と石巻市
信州メディカルネット長野県長野市と松本市
ふじのくにねっと静岡県中部
晴れやかねっと岡山県岡山市、倉敷市
まめネット島根県
ゆけむり医療ネット大分県別府市
あじさいネットワーク長崎県

宮城県の取り組みで旗振り役を務めるのが「みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会(MMWIN)」と呼ばれる団体だ。災害に備え患者情報を共有しようと、宮城県や医師会、大学病院などが中心になって2012年に発足した。

同県の関係組織が一丸となって情報共有に動いた直接のきっかけは、震災時に苦い思いをしなければならなかった経験にある。津波でカルテや利用履歴を喪失する病院が相次ぎ、生存者の既往症や薬の処方歴を確認できなくなった。医師が手を出せず、亡くなった人も多かった。

「どんなことがあっても絶対になくしてはいけない情報だと医療関係者が改めてはっきりと理解した」。MMWINのシステムづくりを主導する中谷純・東北大教授はこう振り返る。普段は情報共有に使う医療クラウドが、緊急時には地域医療の事業継続計画(BCP)に欠かせない情報源として役に立つとの共通認識を震災が医療関係者に植え付けた。

MMWINの志に賛同し、支えようと立ち上がったのがIT企業。システム作りにあたってNTT東日本や富士通が関わっている。

NTT東日本が納入したのは「光タイムライン」と呼ぶシステムである。複数の病院・施設で入力された様々な情報を串刺しにして、パソコン画面に時系列に一覧表示できるものだ。病歴や検査結果、介護サービスの利用履歴などはデータベースから読み込む。数値データだけでなく、検査画像や医師が打ち込んだテキストも参照できる仕組みだ。患者の体質に合わない薬をあらかじめ確認したり、検査や処方の重複を避けたりするのに役立つ。

MMWINには介護施設や薬局も加わっている。ネットワークの裾野が広く、双方向で情報交換できる配慮があるのも特徴だ。中谷教授は「地域医療・福祉連合のモデルケースとして、日本全国で今後参考にしてもらいたい」と情報発信に余念がない。構想段階から関わったNTT東日本の中田有人医療・ヘルスケア事業推進室長は、「国内初の試みを(あとに続く様々な地域へ)水平展開させていきたい」と意気込む。

もう一つの先進事例は長崎にあり

「あじさいネットワーク」が配信する最新の情報をPC画面で確認しながら女児を診察する

ITによる地域医療連携でもう一つの先進事例がある。「あじさいネットワーク」がそれだ。2004年に特定非営利活動法人(NPO法人)、長崎地域医療連携ネットワークシステム協議会(長崎市)がいち早く立ち上げた。現在は県内21の基幹病院と198の診療所や薬局がつながる国内では有数の広域ネットワークとなっており、地域医療連携を模索する医療関係者なら必ずといっていいほど一度は視察に訪れている。

関心が高い理由のひとつが、富士通とNEC双方のシステムがネットワーク上で共存していることが挙げられる。両社とも電子カルテなど病院向けITシステムに力を入れしのぎを削っており互換性がない。また2社以外の独自システムを導入する病院も増えている。こうしたことから広域ネットワークとしてつなぎ合う際に、システムの違いが連携の障害にならないか不安に感じる医療関係者は少なくない。

あじさいネットワークは異なるシステムを連携させることに成功。ポータル(玄関)サイトを開くと、富士通のシステム「ヒューマンブリッジ」を使っている基幹病院とNECの「ID-Link」が入っている基幹病院が並んで表示される。診療所の医師はシステムの種類を問わず、病院の情報を見られる。

地域医療連携の動きが活発になっていることについて、富士通ヘルスケア・文教システム事業本部の千葉秀人ソリューション推進統括部シニアディレクターは「病院や診療所が互いにカバーし合いながら、地域全体で患者を診ていこうとする流れが強まっている」と背景を分析する。富士通はもともと大学病院に会計システムを提供し、徐々に領域を拡大。1999年には国内で先駆けとなる電子カルテを島根県立中央病院(出雲市)が導入した。地域医療ネットワークの構築でも約200の基幹病院に納入実績があり大手である。

経営を安定させる狙いで得意の診療科に絞ったり、あえて病床を減らしたりする中小の病院は少なくない。一方で大手の病院にとっては「高額を投資した医療機器を有効活用したい」(千葉シニアディレクター)との悩みを抱える。大病院にとって、連携によって地域の診療所からより多くの紹介患者を受け入られることが魅力的だったことも連携を後押しした。

技術より人の心を結束させることが難しい

田崎医院から国立病院機構長崎医療センターの電子カルテにアクセスする田崎賢一院長(長崎県大村市)

医療連携のための技術基盤がここに来て急速に整ってきたことも見逃せない。代表例が電子カルテデータなどをやりとりする標準規格「SS-MIX」の普及だ。システム開発会社が異なる場合であっても、ネットワークを通じてデータをやりとりしやすくなった。NTT東日本の光タイムラインは「SS-MIXに準拠したデータならあらゆるものを表示できる」(中田室長)とする。

ただ課題も残る。専門家やIT企業の担当者が口々に指摘するのは技術面ではなく人や組織の問題。地域の医療関係者らの心を結束させることの難しさだ。一部の医療関係者が連携を急いでも、参加する医療機関が増えなければせっかくのシステムも宝の持ち腐れ。MMWINに携わる東北大の中谷教授は「(県医師会や県看護協会など関係組織を横断する)人のネットワークをまずつくった。おかげで『オールみやぎ体制』ができたのが大きかった」と振り返る。今後も各組織の意見を取り入れることに重点を置き、使いやすいシステムへ改良を進めることを目指す。

地域医療連携は様々な可能性を秘めている。個人情報の保護が前提になるが集まった膨大な医療データを解析すれば、効果的な治療法や予防法などの普及を後押しできるかもしれない。医療費の削減効果への期待も大きい。ITに不慣れな診療所などでも導入しやすい安価なシステムを提供できれば、地域医療連携の裾野はもっと拡大するはずだ。

調査会社のシード・プランニング(東京・文京)によると、17年には電子カルテの国内市場規模は12年比で23%増の1488億円になる見通し。医療関連ビジネスを成長領域とみたIT企業が機能と価格の両面で革新を続けていけば、IT化が遅れていた医療界が大きく様変わりする可能性を秘めている。

(産業部 小谷洋司)

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