CO2削減へ一歩 石炭産業と戦う覚悟決めたオバマ
三井物産戦略研究所シニア研究フェロー 本郷 尚
6月下旬、オバマ米大統領が気候変動に関する「行動計画」を発表した。自らも参加した2009年の第15回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15、コペンハーゲンで開催)を最後に、この問題から遠ざかっていた感があった。再び積極策に転じた背景には、急速に開発が進むシェールガスの存在があるといわれる。

天然ガスは石炭や石油・ガソリンなどに比べて利用時の二酸化炭素(CO2)排出量が少ない。既存の石炭火力発電所をガス火力に代えれば半分以下に、また大型トラックが燃料を軽油から天然ガスに代えれば20~30%減らすことができる。ガスへの転換が進めば、米国が掲げる20年に17%削減という国際公約に大きく近づく。
「エネルギー政策を通じた環境問題への対応」が行動計画の基本戦略であり、そのカギは石炭が握る。米国の電力の3割近くは石炭で賄われるなど石炭産業は重要な産業であり、政治力も強い。ガスへの転換は死活問題であり、「オバマ大統領と石炭産業の戦争」と言われるほど対立は深まっている。
そこで注目されているのが世界最大のCO2排出国の中国だ。電力の9割近くが石炭であり、世界のCO2排出量の2割が中国の石炭利用に由来する。しかもエネルギー需要は伸びており、世界最大の石炭輸入国となっている。
今年7月、ワシントンで開かれた米中戦略・経済対話の中で、発電所の高効率化や発電所から排出されるCO2を回収し、石油開発に利用するほか、地中に隔離するCO2地下貯留(CCS)などの環境協力が協議されている。中国でCO2対策を進めることを前提に、増大する中国のエネルギー需要を米国のシェールガスや石炭が埋めるというシナリオに見える。
石炭火力を利用しつつ、CO2削減を後押しするため、行動計画では新規の石炭火力には最高水準の発電技術やCCSを利用しなければ、公的融資による支援をしないと明記した。早速、7月には米国輸出入銀行が検討中のベトナムの石炭火力に対して融資しないことを決めた。
米国の影響力が強い世界銀行も石炭火力向けの融資を制限的にすることを発表したし、EU(欧州連合)の政策金融を担う欧州投資銀行(EIB)なども同一歩調を取っている。米国やEU、それに国際金融機関が協調すれば、途上国の石炭火力の低炭素化は進む可能性が高い。
やみくもに規制すれば経済成長を阻害するし、中国など新興国が効率の悪い設備を輸出してしまえば、かえって世界の排出量を増やしかねない。「制限的」の内容の影響は大きい。経済への悪影響を最小限に抑えつつ、温暖化対策を図るには技術が不可欠である。技術を生かすためには、エネルギー効率改善とCO2削減をバランスよく進める基準を整備することが重要になる。
米国や英国などは石炭火力のCO2排出量を現在のガス火力並みに抑えることを長期的な目標とする方向。だが、現在開発中の発電技術では容易に到達できない。CO2地下貯留や排出量取引の利用、あるいは発電所ごとではなく、電力会社全体の排出量を目標にするといった多様な対応が必要だ。
アジアの経済やエネルギーの現状、それに技術開発の見通しを踏まえて、環境と成長を調和させる――。そんな石炭利用のガイドラインを日本主導で作ることができれば、日本の技術を生かすチャンスになるだけでなく、環境問題やアジアの経済成長への貢献になるだろう。
[日経産業新聞2013年8月16日付]