お上による支援の愚 起業家は失敗恐れず次々と挑戦を
UIEvolution 中島 聡
6月26日に総務省は「ICTベンチャー技術支援プラットフォーム」を整備する一環として、ITベンチャー企業の技術・サービスを評価する第三者機関を設けると発表した。大学教授ら約370人で構成した専門家集団が、ITベンチャーの開発した技術やサービスについて技術的な「お墨付き」を与えようというものである。それにより、正しい評価ができずに投資について二の足を踏んでいるベンチャーキャピタル(VC)の背中を押そうという狙いだ。

技術力だけでは成功できない
この業界で起業家と投資家の両方を経験している筆者に言わせれば、これはただの税金の無駄遣いでしかない。技術力を見て「成功する可能性の高いベンチャー企業だ」とお墨付きを与えることなど決してできないからだ。ITベンチャーにとっての「技術力」は、成功のために必要な条件の一つにすぎない。
たとえば、技術力だけを見て、パソコンの黎明(れいめい)期に米マイクロソフトを勝者として選ぶことは不可能だっただろう。マイクロソフトは、パソコン市場への参入を果たしたかった米IBMのために専用OS(基本ソフト)を開発する契約を、たまたま好条件で交わす幸運に恵まれたからこそ、今のような会社に成長できた。そのOSも、もともとは他社が開発した製品をライセンス供与を受けて改良したもので、成功のために重要な役割を果たしたのは、技術力ではなく、営業力と運と実行力だった。
同様に、米フェイスブックが成功しているのも、ほかの会社より技術力が優れていたからではない。人々の「つながりたい」というニーズに的確に応えるサービスを、適切なタイミングでつくり提供してきたことが、今のフェイスブックの成功に結びついている。ハーバード大学で立ち上がったばかりの黎明期のフェイスブックを見て「この会社が技術的に見て素晴らしいものを持っている」と言えた専門家はほとんどいない。
米グーグルは、設立当初から「ページランキング」という技術的に新しい検索アルゴリズムという技術力を持っていた。だが、Alta VistaやLycosといった検索サービスが大手として確固たる地位を占めていた当時に、小さなベンチャーとして出てきた企業がアルゴリズム一つでここまで大きな会社になれると予想できた人は皆無と言ってよいだろう。
アップルやマイクロソフトも数々の失敗を重ねてきた

ベンチャー企業に大切なのは、総務省が用意するような政府からの「お墨付き」などではなく、失敗を恐れずに果敢な冒険に挑戦する精神だ。イノベーションには失敗がつきもので、失敗を恐れていてはイノベーションは起こせない。これは、成功した会社でも同様だ。
今やモバイルの覇者となったアップルも、個人用携帯情報端末(PDA)の「Newton(ニュートン)」やオフィス向けコンピューターの「Lisa(リサ)」という2つのプロジェクトで立て続けに失敗し、一時は倒産寸前の状態にまで追い詰められている。
IBMとの提携で成長したマイクロソフトも、続くIBMとの共同プロジェクトの新OS「OS/2」が失敗に終わり、それに続く次世代OSとして巨額の開発費をつぎ込んだ「Cairo(カイロ、開発コード名)」の開発についても完成に至らず破綻している。だが、カイロのバックアップ・プランとして開発していた「ウィンドウズ95」が市場で成功したことで、パソコンの世界でデファクトスタンダードとなっている今のウィンドウズの地位がある。
イノベーションを起こすには、開発者たちの情熱と直感が必須で、失敗を恐れずに「とにかく実際に動くものを作ってみる」「とりあえず市場に出して消費者の反応を見る」ことが重要だ。大切なのは、投資した資本を硬直させない形で、失敗から素早く学んでできるだけ短いサイクルで製品・サービスを改良していくことである。
米国でも成功するのは0.1%以下、失敗を恐れるな
ベンチャー企業を起業する側にも、それなりの覚悟が必要だ。全て自己資金で会社を立ち上げるのであればどんなスタイルでも構わないが、第三者から創業資金を集めるのであれば、投資家がベンチャー企業ならではの高いリスクに見合うだけのリターンを期待している。それを理解した上で、大きな絵を描く必要がある。
ひとたび資金を集めることに成功したら、今度はそれを何倍にも何十倍にもすることを期待されていることを理解された上で、失敗を恐れずにイノベーションを起こす努力をすべきだ。
米国では、ベンチャーキャピタルと呼ばれる投資家からの資金を受けることのできるベンチャー企業は1000社に6社という狭き門だ。そして、実際に大きなリターンを投資家に返すことのできる企業は、そうやって資金提供を受けたベンチャー企業の中のさらに1割に満たないという厳しい現実がある。

しかし、それだけ厳しい自由競争の中で勝ち抜く必要があるからこそ、フェイスブックやグーグルやアマゾンのような強い競争力を持つ企業が誕生したといえる。そう思えば、一度や二度の失敗にもめげずに、最初から世界を狙って行く粘り強さと気構えが起業家には必要である。
政策や社会変革による側面支援も重要
米国がフェイスブックやグーグルやアマゾンのような企業を次々に生み出すことができるのは、その後ろに星の数ほどのベンチャー企業が誕生し続けているからである。数多くのベンチャー企業が自由な市場で激しい競争を繰り返した結果、一握りの勝ち残った企業がグローバル企業として活躍し、雇用も生み出しているのだ。
つまり大切なことは、政府が一部の企業に「お墨付き」を与えることなどではなく、誰もがまだ市場性に気がついてもいない分野に果敢に挑んでいく起業家たちを支援・歓迎する社会づくりである。そのためには失敗に寛容な文化や社会システムをつくることが大切だし、ベンチャー企業が大企業と同じ土俵で戦えるように規制緩和を進めることも大切である。
また、リスクの高いベンチャー企業へ民間資金の流れを促すような税制改革も必要だし、雇用規制の緩和や競争力をなくした大企業の生命維持装置を外すことにより、大企業に埋もれている優秀な人材や技術がベンチャー企業で再スタートすることを促すことも大切だ。