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量子力学、難解をわかりやすく 情報技術への応用を機に

日経サイエンス

量子力学は怪しい。有名な「シュレーディンガーの猫」の話では、箱の中にいて見えない猫は「生きていて、かつ死んでいる」というヘンテコな状態になるとされるが、この説明に納得できる人は少ないだろう。

量子力学の数学的な特徴は球、古典力学のそれは例えば四面体で表される。数学的にはほかの多面体で表される理論があってもおかしくないが、現実にはこの2つだけが実現している。その理由を情報の原理から読み解く試みが進んでいる(イラストは木村元氏)

実をいえば物理学者の多くも、量子力学を完全に理解したと思っているわけではない。最大の理由は「量子力学が、物理的な意味はわからない抽象的な数式を出発点にしているから」だと芝浦工業大学の木村元・助教は指摘する。

量子力学を物理の原理を使って書き直し、もっとわかりやすくすることはできないだろうか──そんな研究が動き出した。きっかけは技術革新が著しい量子情報に関する研究だ。

なぜそうなるか、わからない

量子力学の式を使って計算すると、実験で何が見えるかを正確に予測できる。その予測は、量子力学が登場してからこれまで百年にわたって、1度もはずれたことがない。だから皆、理論を信じているが、実のところ、なぜそんな方程式を立てていいのか、その式が物理的にどんな意味を持つのかについては、いまだによくわかっていない。アインシュタインが量子力学への疑問を示したことはよく知られているが、今もその問題は解決していないのだ。

一方、量子力学と並んで有名な相対性理論には、そのような困惑はない。「速く進むほど時間は遅くなる」など、言っていることは量子力学に負けず劣らず奇妙だが、理論の出発点が「光の速さは一定」という物理的な原理で、しかも実験で確認済み。そうした物理的な事実から話を始めれば、一見奇妙な現象も直観的に納得できる。本来相対的なはずの(光の)速さが観測者の動く速さに左右されないのなら、速さを決める時間と空間の方が相対的にならざるを得ない。

量子力学も相対性理論のように、抽象的な数学原理ではなく、物理的な原理から始めることはできないだろうか。近年、それを目指した研究が盛んになっている。新たな量子力学原理として最も有望視されているのは、ここ30年間に量子力学と深く結びついて発展してきた、情報技術に関する原理だ。

0と1だけの組み合わせで処理する古典的の情報技術では、素因数分解のような選択肢の数が多い問題については、計算量が指数関数的に増大して解を求めるのに膨大な時間ががかかる。だが、量子力学を応用すれば0でありかつ1でもある状態を直接扱うことで高速に解が求められるとして注目を集めた。そうした量子力学の応用研究が進むのと軌を一にして、逆に情報技術の追求を通して量子力学そのものを理解しようという機運も盛り上がってきた。

情報技術での研究が突破口になるか

ポーランドのグダニスク大学のマルチン・パヴオフスキー博士(現英ブリストル大学)は、「遠隔地で起きたことについて知り得る情報量は、古典的に伝送されてきた情報量を超えない」という新たな原理を提唱した。

あなたと友人は「量子もつれ」の粒子を1個ずつ持っているが、それ以外には携帯電話で1ビットの情報しか送れない。この場合どんな手段を使っても、1ビット以上の情報は伝送できない。これがパヴオフスキーが提唱した情報原理だ(イラストは木村元氏)

当たり前のようだが、最近の研究によると、遠隔地にいる2人が「量子もつれ」と呼ばれる特殊な相関関係にある2個の粒子を1個ずつ持っていて、これをうまく使うと、常識を超えた高密度な情報通信が可能になることがわかっている。見かけほど当たり前ではない。

だがパヴオフスキー博士は、たとえ2人が量子もつれになった粒子を持っていても、それ以外に使える通信手段が電話やメールなどの古典通信だけだった場合、そんなうまい通信はできないことを示した。

さらにこの原理が成立すると、量子力学から予測されるある結果が必ず成り立つことを示した。抽象的な数学原理から予測される結果が、情報に関する物理的な原理から導けることが証明されたのだ。量子力学の新たな物理原理の候補といえる。

量子力学の情報原理を探索する試みは世界中で進んでおり、複数の原理が提唱されている。それらの関わりを調べてより自然な原理を探求したり、実験で実証できるかどうかを検証したりする取り組みも進んでいる。近い将来、物理の教科書が書き換えられる日が来るかもしれない。

(詳細は25日発売の日経サイエンス7月号に掲載)

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