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気球を携帯の中継局に ソフトバンク、開発の舞台裏

電波止めるな 携帯3社の災害対策(下)

 東日本大震災では被災地の基地局の多くが倒壊・停電などで停波し、安否確認や被災者の救助・支援活動、避難所の運営などに支障をきたした。携帯各社はこの教訓を新たな基地局の開発に生かし、「止まらない携帯回線網」実現を目指す。前回紹介した基地局の電源確保の取り組みとともに欠かせないのが、仮に地震や津波で既存の基地局が壊れても、代替の基地局で回線網を確保するバックアップ体制だ。今回はこのための各社の取り組みを紹介する。
ソフトバンクモバイルが開発した気球中継局。右下に垂れ下がっているのは「スクープ」と呼ばれる風よけの羽根。風速20mまで耐えられる構造になっているという

愛知県稲沢市の木曽川。夏場はバーベキューや川遊び、ウォータースポーツでにぎわう河川敷の公園に3月上旬、「SoftBank」と大きく書かれた真っ白が気球が姿を現した。ソフトバンクモバイルが開発した、災害用の臨時中継局である。

「では、上げてください」。技術者のトランシーバーによる合図を受け、地上で気球を引き留めていた3人が手をゆるめる。同時に、気球を地上につなぎ止めているワイヤがスルスルと伸ばされていく。内部にヘリウムガスの詰まった気球は音もなくふんわりと舞い上がり、ほんの数分ではるかに見上げる上空へと達した。

半径3kmが通話エリアに

実際に災害が起こったときは、倒壊した基地局の代わりとしてこの気球中継局が使われる。高さ100メートルの上空から、半径3キロメートル(km)の周辺地域に第3世代携帯電話(3G)の電波を到達させる。1つの中継局で、100人が同時に音声通話できる。パケット通信は、最大毎秒14.4メガビット(Mbps)を接続中のユーザー全員で分け合うため低速だが、メールや災害用伝言板など最低限の情報のやりとりは何とかできそうだ。

気球の中央下部を拡大したところ。バネのついた黒い棒2本がアンテナである。赤いランプは、航空機の衝突を避けるための航空障害灯。中央の電源ケーブルの脇にある黒い物体は風速計

気球の中央下部には、2本のアンテナが備えられている。1本は携帯電話やスマートフォン(スマホ)との間で電波を送受信するアンテナで、もう1本は地上にいる車載基地局などとの間で電波を送受信する、中継用のアンテナだ。車載基地局は、被災地周辺で被害を免れた基地局にケーブルを接続するか、パラボラアンテナで衛星回線に接続するかのいずれかで、気球からの通信を基幹回線に接続する。なお、気球から基幹回線へ直接つながる構成ではないため、気球は基地局ではなく「中継局(レピータ)」という分類になる。

アンテナの根元は可動式でバネも付いており、風の影響で気球が傾いた場合でも、アンテナが常に真下を向く構造となっている。このほか気球には、アンテナを制御する無線装置、上空の気流を監視する風速計などの機器を載せている。気球は地上に固定された「係留気球」と呼ばれるもので、固定用のワイヤ1本と電源供給用のケーブル1本が地上まで伸びている。電源は地上にいる電源車から供給する。

 気球を上げる準備にかかる時間は、現場に到着後4~6時間。高度100mへの上昇と下降は、それぞれ最短10分程度で済むという。気球内部はナイロン製の膜が2重構造となっており、中に充てんしたヘリウムガスは「理論上は1年以上、実運用でも1カ月は抜けない」(ソフトバンクモバイル ワイヤレスシステム研究センターの中島潤一ソリューション推進課長)としている。

「どうすればアンテナを高く上げられるか」が原点

携帯電話から送られた音声やメールなどの信号は、気球を経て車載基地局に送られる。ここからさらにパラボラアンテナで通信衛星に送られ、ソフトバンクモバイルの基幹回線につながる。被災地近隣に正常運用できている地上基地局があれば、車載基地局と地上基地局をつないで信号を送ることも可能だ

2011年3月に発生した東日本大震災では、ソフトバンクの基地局のうち約200局が、倒壊や流失などで使いものにならなくなった。停電が原因で停波した基地局と異なり、物理的に被害を受けた基地局は、1日も早く復旧作業をしなければいけない。しかし、郊外にある基地局の多くは鉄塔になっており、そう簡単に建て直せるものではない。もっと短期間に、元通りの携帯回線網を提供する手立てはないものか。そうして震災直後の11年4月に始まったのが、新たな災害用中継局の開発プロジェクトだ。

同社も、災害への備えを怠っていたわけではない。車載型で移動可能な中継局は保有していたが、これではアンテナの高さが最大でも10m程度と低いため、カバー範囲が半径数百m程度に限られていた。今回の震災では、被災地が広く多数の避難所が設置されており、車載型中継局ではそのほんの一部しかカバーできなかった。

「プロジェクトの最初に考えたのは『どうすればアンテナをより高く上げられるか』だった」。プロジェクトを率いたソフトバンクモバイルの藤井輝也センター長(ワイヤレスシステム研究センター)は、2年前をこう振り返る。アンテナの位置が高ければ、アンテナからの電波をより遠くに飛ばすことが可能だからだ。

最初に出たアイデアは、大型のクレーン車を使うというもの。アームを最大限に伸ばし、その先端にアンテナを付ければ高さ数十mまで持ち上げられる。しかし、実際にその高さにアンテナを持ち上げて運用を始めるまでに、少なくとも数日かかってしまう。大型クレーン車が被災地入りするまでの移動時間を考えれば、さらに長くなる。被災地に迅速に中継局を設置する手段としては、理想とはほど遠いものだった。

 それならば、と思いついた代替案が気球だった。気球も空高く浮かばせることができるし、人が乗れる気球があるのだから通信機器を載せることも不可能ではなさそう。熱気球やアドバルーン、飛行船なども幅広く使われている。もちろんソフトバンクモバイルの社内に、気球を上げるノウハウなど持ち合わせてはいない。そこで北海道大学との共同研究として、災害用中継局として使える気球の設計に取り組んだ。

試作機で課題に直面 「大きすぎる」「風に弱い」

こうした検討を経て、最初の試作機が完成したのは12年春のこと。さっそく総務省から実験用電波の免許を取り、同年5月には実際に気球を上げて通信できるかを調べる実証実験にこぎ着けた。ところが、いざ飛ばしてみると、いくつかの問題点が浮き彫りになった。

気球内部に取り付けられる部品。白い円盤の下側の左右に出ている黒い棒がアンテナ。円盤の上には無線装置や風量計の制御装置などが載っている

1つは、気球のサイズが大きすぎ、扱いが難しかったことだ。当時の試作機は、全長7m、体積90立方メートルというサイズだった。サイズが大きいと、被災地までの運搬やヘリウムガスの充てんに時間と手間がかかる。内部がヘリウムガスで満たされると浮力が働くため、ワイヤ3本で係留し、さらに状況によっては大の大人が数人がかりで引っ張る必要があるなど、災害直後に簡単・迅速に上げられるものではなかったのだ。

もう1つは、風の影響を受けやすいことだ。アドバルーンや飛行船など一般によく目にする気球は「風速5mにもなれば『今日はもう商売になりませんよ』という感じだった」(中島課長)。そうした広告宣伝が主目的の気球は、風速5mで運航中止にしてもさほど問題ない。人がのんびり空を見上げたくなるような良い天候でなければ、無理に飛ばしたところで宣伝効果が期待できないからだ。しかし携帯電話の中継局となると話は違う。緊急連絡も担うライフラインである携帯回線網が「風速5mを超えたので停波します」では許されない。

しかも、100mという高度も悩みの種であった。災害用中継局が果たすべき役割は、停波した基地局の代わりに圏外となった地域をカバーすること。このためカバー範囲は、通常の基地局と同程度の半径3kmが必要だ。ここから逆算して、気球を上げる高さは100mと決まっていた。しかしこの高度は「地上からの上昇気流と上空の気流がぶつかり合う高度で、風が不安定になりやすい」(中島課長)という難しい高度なのである。

小型化と強風対策にメド

気球の重さについては、気球そのもののサイズを小型化し、搭載する通信機器をそれに合わせて軽量化することで解決した。13年3月から各地に配備される完成版の気球は、全長を5.2mに縮め、容積は42立方メートルと半分以下に。気球を上げるときに必要な人数を3人に、係留用のワイヤも1本に減らした。

気球中継局とセットで使われる車載基地局。一番後方の細長いアンテナは気球、パラボラアンテナは通信衛星とのデータ送受信にそれぞれ使われる

 また、ヘリウムガスを抜いて畳めば、地上側の機器一式と合わせてワゴン車1台で運べる程度のサイズになり、災害発生時に被災地へ駆けつけやすくした。気球の最大積載量は10kgだが、電波を増幅してアンテナに送るアンプの設計を見直し、動作時の発熱量を抑え冷却用ファンなどの搭載を不要にしたことで、この制約もクリアした。

風への対策では、主に気球の形状を見直した。アドバルーンのような球形ではなく、左右に広く上下が狭い扁平(へんぺい)形を採用。「スクープ」と呼ばれる風よけの羽根を付けることなどで、風速20mまでは運用可能とした。ただし、雷が接近している場合は気球やその周囲に落雷し被害が及ぶ可能性があるため、気球を下ろす運用としている。

1基当たり1000万円弱 普及への鍵握るコスト削減

2年間にわたるプロジェクトの末、関係者の期待を載せて大空に舞い上がった気球中継局。3月末には10基を本格導入し、「関東や近畿など全国の各地方に分散して1基ずつ配備する」(藤井センター長)計画だ。車載型基地局や可搬型基地局などとともに、いつか来る災害への備えとして保管される。

プロジェクトの責任者を務めた藤井センター長は「気球を使って携帯電話のアンテナを引き上げようというアイデアは、恐らく多くの人が考えついていたはず。しかし、こうして本当に実現させたのは、少なくとも通信業界では我々だけだろう」と誇らしげだ。確かに、画期的だが難解で誰も手を出さないアイデアを実現させる手腕は、周囲をあっと言わせる手法を次々に繰り出し通信業界で一大勢力を築き上げてきたソフトバンクならではといえる。

気球を用いた臨時中継局の開発責任者を務めた、ソフトバンクモバイルの藤井センター長

ただ、今回の気球中継局は、今後に向けて課題も残している。まずはコストと導入規模だ。気球1基当たりのコストを藤井センター長に尋ねると「1000万円まではいかないが、開発費がかかっているので……」と口が重い。

導入規模が10基にとどまっているのも、コストの問題が背景にあるようだ。先述のように、東日本大震災で同社の基地局は200カ所が長期の運用停止を余儀なくされた。その被災規模に照らして、全国で10基という導入規模でどれほど効果を出せるのかは疑問が残る。

NTTドコモやKDDI(au)、あるいは海外の携帯電話事業者への外販についても「要望があれば検討はするが、今のところは考えていない」(藤井センター長)。せっかく開発した気球中継局のノウハウをどう将来につなげ、またコストダウンを図るかを考えなければ、単なる"一発芸"に終わってしまう。

災害時以外は利用不可 ヘリウム調達難も課題

車載型基地局などと異なり、気球中継局は免許の関係で今のところ災害時にしか使えないという点も痛い。例えば花火大会や野外コンサートの会場などでは、回線のパンクを回避するため車載型基地局を現場に出して臨時基地局として運用している。気球中継局も同様に活用できれば出番を増やせるが、そうした機会がなければ運用のノウハウを蓄積できない。この点は「今後総務省などに働き掛けていきたい」(藤井センター長)としており、将来免許の条件が緩和されれば、気球が日の目を見る機会も増えそうだ。

NTTドコモが岐阜市内に設置した「大ゾーン基地局」。4段ある足場の最上段に付いている細長いアンテナで、半径7kmの広域をカバーする

 もう1つの課題は、ヘリウムの調達難だ。ヘリウムは半導体や光ファイバーの製造過程でも使われており、近年は需要が急増。ガス会社各社がヘリウムの出荷停止に追い込まれるほど需給がタイトになっている。消費量と採掘技術が現状のまま変わらないと仮定すると、25年後には枯渇するとの予測さえある。

ソフトバンクでは10基分のヘリウムについて、ガス会社との間で災害時の供給に関する協定を結ぶことを検討しており、災害発生時は直ちにガス会社の備蓄拠点から調達可能な体制を整える考えだ。とはいえ、気球の運用が数カ月に及んだり、ヘリウムの価格が上昇したりした際に、希望通りの調達ができるかは不透明だ。

<大ゾーンに船舶 災害用基地局、各社が工夫>

東日本大震災では、岩手・宮城・福島の3県を中心に、多くの基地局が揺れで倒壊・損傷したり、津波で流失・水没したりして使えなくなった。直接的な被害を免れた基地局でも、停電が長時間に及んだことで蓄電池が枯渇し、停波を余儀なくされるケースが多くあった。こうした教訓から携帯各社は、基地局の蓄電池の増強とともに、仮に基地局が停波しても、災害用の予備の基地局を代わりに運用し、極力サービスを続行できるよう設備投資を行っている。

例えばNTTドコモは、「大ゾーン基地局」と呼ぶ災害用の臨時基地局を、全国104カ所に構築済み。これは文字通り、カバー範囲が半径7km前後と通常の基地局(おおむね半径300m~1km程度)より広い基地局だ。

KDDIは海上保安庁と共同で、海保の巡視船に設置した基地局から地上に携帯電話の電波を送信する実証実験を行っている

各都道府県の主要都市にあるドコモやNTTの局舎の屋上など、高い場所にアンテナを設置。県庁や市役所、警察・消防本部、救命救急センターなどが集まる地区を主な対象として電波を発信する。この104局だけで、人口カバー率は35%に上るという。

KDDIは海上保安庁と共同で、災害用の基地局を船舶に設置する実証実験を12年11月に実施した。船舶は地震や津波による影響を比較的受けにくいこと、地震で陸路が寸断されても海上からならば被災地に近づきやすいことなどから、通信環境を応急的に整える上で役立つとの判断からである。

また、地上の基地局に損傷がないものの停電している場合は、船舶から地上基地局へ電気を供給することも検討している。実証実験では、実際に海上から電波を発信し、地上で通話・通信できるかなどを検証しており、14年3月までの実用化を目指し開発を進めている。

(電子報道部 金子寛人)

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