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車道の真ん中になぜ巨木? 大阪中心部のミステリー

 緑が少ないといわれる大都市・大阪。しかし、中心部を歩くと、車道の真ん中に巨木が茂り、道路のほうが木をよけている光景に出くわした。実は市内には同様の木が何本もあるという。いずれも車の通行量が多い場所だが、道路整備や区画整理の際に伐採されずに守られたのはなぜだろう。背景を探った。

怪談めいた噂も残る大木

大阪市中央区の谷町7丁目の交差点を東に行くと、車道の真ん中にそびえる大きなクスノキが目に飛び込む。根元には鳥居と祠(ほこら)。陶器製の蛇もまつってある。

地元の人に聞くと、「クスノキさん」と呼ばれ親しまれている神木「楠木大神」だという=写真(1)。樹齢は500~600年。「もともと寺の境内にあったのですが、戦時中の道路拡張で現在の状態になりました」。近くに地所を持つ男性(81)が説明してくれた。子供の頃は近所に住んでいたといい、「境内にあったこのクスノキでセミ捕りをして遊びました」と懐かしむ。

蛇をまつっているのは「巳(み=蛇)さんが住んではるから」とのこと。「終戦間近、木の幹や枝に蛇がとぐろを巻いていた」といった伝承のほか、「枝を切った工事関係者が急死した」など怪談めいた噂も残る。

道路拡幅でせり出したイチョウ

楠木大神から数十メートル離れた車道の真ん中にも、イチョウの大きな神木がある。根元にある祠の裏には「末広大明神」「楠●(王へんに君、なんくん)大神」などと刻んだ石碑が立っている=写真(2)。

近所の人に尋ねると「かつては私邸の中にあったが、道路拡幅で外にせり出した」のだという。ここにも、伐採しようとした人が急死した言い伝えが残っている。住吉大社と関係があると聞き、同大社に確認すると「住吉大社の末社に商売繁盛を願う楠●社があります。熱心な崇敬者が分霊したのかもしれません」との話だった。

道路上の神木の大半が現存

大阪市建設局の1984年の調査では、市内には23カ所で道路上に神木があった。「大半は現存しています」(同局)

東京をはじめ他の大都市の中心部では、こうした神木にはあまりお目にかかれない。なぜ大阪にはあるのか。大阪府神社庁に尋ねると「戦時中の空襲で、大阪は中心部の一部が戦火を免れた。神木の多くはそういった地域に残っています。他都市では市街地と一緒に焼失したのでは」と教えてくれた。

では戦後の開発で街がめまぐるしく姿を変える中、神木が残ってきたのはなぜか。神木に関する著書がある大阪歴史博物館の伊藤広之学芸員(56)は「やはり地元の信仰の力が大きかったのでしょう」と指摘する。

街づくりのシンボルの役割

中央区安堂寺町の道端に、神木「榎木大明神」がある=写真(3)。楠木正成が植えたとの伝説があり、万城目学の小説「プリンセス・トヨトミ」にも登場する。「榎木とありますが実は槐(えんじゅ)。分かったのは88年、枯れかかり、樹医に延命施術してもらった時です」。近所で鋼材販売業を営む井上淑一さん(69)が教えてくれた。

井上さんは地元の顕彰組織「箔美会」の一人。神木は道路区域にあり市有地だが、同会が管理している。他の神木も同様の形で地域ぐるみで守り伝えているという。

「若い子も学業精励を祈願しに来る。皆に愛されるエノキさんを今後も守っていきたい」と井上さん。伊藤学芸員は「神木は、祈りや畏怖の対象として人を引き付ける魅力があります。これからも人と人をつなぐ街づくりのシンボルになるのでは」と期待を寄せる。

(大阪社会部 近藤佳宜)

[日本経済新聞大阪夕刊いまドキ関西2012年11月14日付]

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