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「社員13人、売上高ゼロ」でも買収額810億円、フェイスブックM&Aの真相

交流サイト(SNS)最大手の米フェイスブックが写真共有アプリ「インスタグラム」の開発会社を約10億ドル(約810億円)で買収することを決めた。インスタグラムは2010年10月にアプリの提供を始めたばかりで社員はわずか13人。売上高もまだ、ほぼゼロの状態だ。そんな企業になぜフェイスブックは同社のこれまでのM&A(合併・買収)で最大の金額をつぎ込むことになったのか――。

「不意打ち」だったフェイスブック最大のM&A

買収発表はほぼ不意打ちといっていい唐突さだった。復活祭の3連休明けの9日朝、フェイスブックは広報発表文を自社サイトに掲載すると同時に、マーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が自らのフェイスブックのページでメッセージを公開した。

珍しく地元メディアなどに事前の情報漏れが一切なかったこともあり、久しぶりのサプライズとなった。

「インスタグラムの買収で合意し、その優秀なチームがフェイスブックに加わるというニュースを共有できることにわくわくしている…」。メッセージはわずか352ワード(単語)の簡潔なものだったが、フェイスブック史上最大のM&Aとなっただけに大きな関心を集め、「いいね!」ボタンを押した読者の数は1日で13万人を超えた。

このニュースに米シリコンバレーやインターネット業界は騒然となった。そして第1報が一巡した後にわき上がったのは「なぜ?」という疑問だった。

社員13人の企業を約10億ドルで買収するということは1人あたり7700万ドル程度を支払う計算になる。フェイスブックのこれまでのM&Aの主目的だった人材確保とは狙いが異なることは明白だ。

インスタグラムは、米グーグル出身のケビン・シストロムCEOが10年春に設立した米バーブン(カリフォルニア州)が母体だ。当初はスマートフォン(高機能携帯電話=スマホ)の位置情報を利用した情報共有サービスを手掛けていたが、思うように利用者が伸びないため方向転換。10年10月、米アップルのアップストアを通じてインスタグラムを公開した。

インスタグラムはスマホで撮影した写真の「加工」と「共有」に特化したアプリで、当初は「何が面白いのか分からない」という否定的な反応が出たほどのシンプルさが売りだ。

撮影した画像をフィルターでセピア調などに加工し、投稿する仕組み。同社そのものが写真を軸としたSNSとしての機能を持つほか、フェイスブックやツイッターなどへの投稿もできる。

当初は数ある写真共有アプリのひとつだったが、少ない操作で「撮影・加工・共有」ができる使い勝手のよさが支持を得た。

対応する基本ソフト(OS)がアップルの「iOS」だけだったにもかかわらず、今年4月までに登録利用者は3000万人を突破。4月3日に米グーグルの「アンドロイド」に対応したアプリを公開すると、初日だけで100万人以上が新規に利用を始めた。

1年半で3000万人超のユーザーを獲得

サービス開始から約1年半で3000万人超という利用者数の伸びはフェイスブックを上回る。

フェイスブックは当初、利用者を特定の大学などに制限していたため単純比較はできないが、10億ドルという値付けの一因がその急成長ぶりにあることは間違いない。ザッカーバーグCEOも「これほどの利用者を持つ企業を買収するのは初めて」と"規模"に言及している。

ただ、利用者数や利用頻度だけでは10億ドルという破格の買収金額を説明しきれない。2月にフェイスブックが米証券取引委員会(SEC)に提出した上場申請書類によると、フェイスブックへの写真の投稿数は1日あたり2億5000万枚。同500万枚のインスタグラムをはるかにしのぐ規模を自社ですでに確保しているからだ。

そこで浮上するのは、インスタグラムの最近の動きと密接に関わる別の理由だ。

インスタグラムが今月3日にアンドロイド向けのアプリを公開し1日で100万以上の利用者を獲得したのは先述の通りだが、その2日後には米有力ベンチャーキャピタル(VC)のセコイアキャピタルなどから5000万ドルの資金を調達し、さらなる成長に向けた糧も得た。

米メディアによると、この際の企業価値の評価は5億ドルとされている。買収金額が10億ドルだから、セコイアなどは数日の間に投資額が倍増したことになる。

企業価値は数日で10億ドルに倍増

もっとも、フェイスブックによる買収が視野が入っていれば、その直前に既存株主の持ち分が薄まる増資に踏み切るのは考えにくく、フェイスブックが買収提案したのはごく最近だったことを示す傍証となっている。

ネット関連イベントでインタビューに答えるインスタグラムのケビン・シストロムCEO(3月、米サンフランシスコ)

3月下旬、インスタグラムのシストロムCEOは米サンフランシスコで開かれたネット関連のイベントに参加し「現在は写真が主軸だが、当社の中核をなすのはモバイル時代のコミュニケーションや共有だ」とサービス領域の拡大に意欲を示した。"パソコン時代"に生まれたフェイスブックをライバル視するかのような発言は、同社への挑戦状と受け止められた。

インスタグラムに対しては昨年からフェイスブックやグーグルによる買収観測が何回か浮上していたが、シストロムCEOはこれまで首を縦に振らなかった。ただ、アンドロイド版の人気ぶりや成長資金の確保を知ったフェイスブックが破格の条件を提示し、上場前にライバル候補を飲み込んで競争が激化するリスクの芽を摘み取った――。こんな見方も出ている。

さらにこれまでのグーグルなどによる買収観測に絡んで、フェイスブックが「ライバルによる買収を阻止するための防衛的な行動にでた」との見方もある。ただ、現時点では真相はやぶの中。ザッカーバーグCEOが明言した「自社サービスの強化」を含む"複合要因"によって、設立からわずか2年、社員が13人という企業に10億ドルもの値札が付いたのだろう。

ネットインフラを駆使、"零細企業"が有力プレーヤーに

インスタグラムが急成長を遂げた背景には、米アマゾン・ドット・コムのクラウドコンピューティングサービスを使い、スマホやアプリ販売サイトで世界中にサービスを届け、フェイスブックなどSNSの口コミ効果を活用するなど、ネット時代のインフラを余すところなく使いこなす巧みな経営がある。

インスタグラムに対しては「(今回の巨額買収は)ごくまれな、例外的な事例」との冷めた意見もある。それでも、資金や人材が乏しく、販売力やIT(情報技術)インフラの構築能力を持たない"零細企業"が卓越したアイデアや技術の力のみで短期間に有力サービスを作り出せることを示したのは事実で、IT業界における環境変化を象徴する出来事ともいえる。

(シリコンバレー=奥平和行)

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