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スタンフォード大発、起業家の"虎の穴"をのぞいてみた

学生・卒業生が次の「HP」「グーグル」めざす

ヒューレット・パッカード(HP)、ヤフー、グーグル……。米ハイテク産業の集積地、シリコンバレーのスタンフォード大学を起源とするIT(情報技術)企業は5000社を上回るといわれる。そんな起業のメッカで2010年夏、新たな「スタートアップ・インキュベーター(起業支援組織)」が誕生した。新事業の創造を目指す若者が切磋琢磨(せっさたくま)する起業家の"虎の穴"をのぞいてみた。

「デモデー」ではスタートXの支援先企業が製品やサービスを投資家にPRする

2月9日夕方。スタンフォード大にほど近いAOLのオフィスに、約100人のベンチャー投資家やメディア関係者らが集まった。同大発のスタートアップ・インキュベーター「スタートX(エックス)」の「デモデー」を見るためだ。スタートXの5期生にあたる支援先9社の代表が製品やサービスを紹介し、投資家に自社の魅力を訴えかけた。

「企業は人材の採用に熱心だが、(そのための)カネや時間を浪費している」。最初に登壇したマインドスモウのキートン・スウェット社長はこう切り出した。同社はインターネットを通じて企業と学生を引き合わせるサービスを提供する。学生はネットを通じて、企業が提示した課題に対する解決策を示す仕組みで、"バーチャル・インターンシップ"といった内容だ。

スウェット社長は「3週間前に試験サービスを始めたばかりだが、既に7社が利用し500以上の学生が参加した」と成果を強調。今後の事業計画なども説明した。医療向けビッグデータ対応ソフトを開発するエイジタック、高効率で安価な電池材料の開発を進めているヴィー・エナジー、ネットを使った鬱病患者向け遠隔医療システムを提供するブレイクスルーなどが続いた。

席を隔てる仕切りもなく開放的なオフィス

マインドスモウのスウェット社長自身はスタンフォード大の卒業生ではないが、ほかの2人の共同創業者は同大OB。創業者チームの中に1人でも過去3学期以内にスタンフォード大の学生だった人物がいて、さらに同大の学生やOBが一定割合の株式を保有していれば3カ月間のプログラムに参加し、最後のデモデーに出席することができる。

デモデーの会場となったホールと同じフロアにスタートXのオフィスがある。壁一面がホワイトボードになっていて自由に書き込みができるほか、席を隔てるパーテーション(仕切り板)もなく、グーグルやフェイスブックなどのオフィスと似通った開放的な雰囲気だ。プログラムに参加した企業はここを無料で使うことができ、3カ月間で製品やサービスを開発する。

IT関連の企業はアマゾン・ドット・コムが提供するクラウドコンピューティングサービスも利用可能。スタートXの趣旨に賛同する地元の法律事務所による法務相談や、人材採用や製品開発など起業実務に関する授業もある。ベンチャー投資家や起業経験者ら数百人がメンター(助言役)として協力し、幅広いテーマについてアドバイスできる体制を整えている。

オフィスの提供といった各種サービスやメンターによる助言は、シリコンバレーの有力スタートアップ・インキュベーターである「Yコンビネーター」や「500スタートアップス」と共通しているが、スタートXが大きく異なるのは「支援先企業の株式を一切取得しない」(マネージングディレクターのジェフ・マウンザー氏)ことだ。

シリコンバレーの主な起業支援組織
名称Yコンビネーター500スタートアップススタートX
代表者(敬称略)ポール・グラハムデーブ・マクルーアキャメロン・テイテルマン
代表者の前職などIT企業を創業しヤフーに売却電子決済大手ペイパル出身スタンフォード大で学生起業
開始時期2005年10年10年
出資の有無×
プログラムの期間3カ月3カ月3カ月
オフィスの提供×
メンターによる助言
支援先企業数380社以上約260社32社(第4期まで)
支援先の業種IT、ネット関連IT、ネット関連ネット、環境、バイオ、医療

この違いは、スタートXの成り立ちと関係がある。11年夏にスタンフォード大を卒業したばかりの創業者、キャメロン・テイテルマン氏は在学中に自ら起業。スタンフォード大は起業に関する授業などの充実ぶりがよく知られているが、「いざ起業しようとすると実用的な情報が圧倒的に足りないと気付いた」。これがスタートXを立ち上げる契機になった。

同氏らは9カ月にわたって、スタンフォード大の卒業生や起業経験者、ベンチャー投資家など400人にインタビューを実施。起業家への情報提供やお互いを高めあう質が高いコミュニティーの重要性を認識し、スタートXの構想が固まった。教育を主目的とする学生自治組織傘下の非営利団体との位置付けで、企業やベンチャーキャピタル(VC)などが支援する。

 オフィスを事実上、無料で提供しているAOLは「起業家との交流は当社にとってもいい影響があり、事業面での相乗効果も生まれている」(シリコンバレーオフィスの担当者)。大学当局は直接関与しないが、教授が個人的に支援するなどの関係がある。起業家や新技術の供給源であるスタンフォード大との緊密さが、企業などから協力を引き出す原動力になった。

法務や採用、製品開発など起業実務に関する授業もある

数百人に及ぶメンターには、スタンフォード大出身でサン・マイクロシステムズを創業し、現在は著名ベンチャー投資家として知られるヴィノド・コースラ氏らシリコンバレーの重鎮も名を連ねる。コースラ氏は米メディアに対して、「機会があればスタートXの支援先企業に投資したい」と語っており、投資家には"青田買い"の側面もある。

位置情報を利用したスマートフォン(高機能携帯電話)向けゲームを開発するロキ・スタジオのイワン・リー最高経営責任者(CEO)は、大学でスタートXの広告を目にしたのをきっかけに、1期生として10年夏のプログラムに参加した。「自分はコンピューター科学専攻だったので人事や法務などのクラスで得た知識は役に立った」とリー氏は振り返る。

同社は昨年7月、有力VCの米DCMから出資を受けた。マウンザー氏によると、スタートXの"卒業企業"32社のうち27社がVCなどからの資金調達に成功しており、成功率は84%に達する。起業文化の根付く大学から有望な種を選び出し、起業経験者らの知見を提供して促成栽培するという試みはこれまでのところ、合格点に達する水準のようだ。

このプログラムへの応募者は現在までに1300人を超えた。全員がスタンフォード大の学生やOBというわけではないが、それでもスタンフォード大の学生数が1万5000人強という事情を考えれば、その人気の一端をうかがい知ることができる。同様のプログラムで先行するYコンビネーターからは数億ドル規模で買収される企業も出ている。

一方、これまで起業の仕組みの中核をなしていた既存のVCはぱっとしない。一部の大手を除くと資金調達は低調で、全米VC協会によると米VCの資金調達は06年をピークに減少傾向にある。

起業に必要な資金は少なくなっており、起業家は資金よりも情報や人脈に価値を見いだすようになっている。スタートXの盛況ぶりも、そんな起業を巡る環境変化を象徴している。

(シリコンバレー=奥平和行)

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