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平幹二朗主演「王女メディア」

最後のメディアに大輪の華

能や歌舞伎など伝統芸能の世界で、"一世一代"の舞台という言い方がある。これまでの経験、演技術を一瞬に凝縮し全身全霊傾けて舞台を勤める。いわば、その演目の舞台納め。78歳の平幹二朗が演じているギリシャ悲劇「王女メディア」(幹の会+リリック プロデュース)は、この"一世一代"の舞台に相当する。女としての性と母性の間に切り裂かれるメディアの心理的葛藤を細密に、深く、輪郭もくっきりと演じて水準の高い舞台になっている。

初演は34年前の1978年2月の日生劇場。演出は今や世界のニナガワと呼ばれる蜷川幸雄で、最後の場面、メディアが龍車に乗って国を去るところでクレーン車を使うなど野外公演を想定した大がかりなスペクタクルだった。83年にイタリア、ギリシャで公演したのを皮切りに、その後もギリシャ、イタリア、フランス、英国などを回り海外でも高い評価を得た。98年に世田谷パブリックシアターで12年ぶりに再演、99年の福岡公演まで演じ、演(や)り残したものはないはずだった。

しかし、王女メディアは平の「心に居すわり、何かを分泌し続け、さようならが言えなかった」。こうして78歳で、新しい演出(高瀬久男演出)、スタッフ、コロス(歌唱隊)を擁し最後のメディアに挑むことになった。「(野外劇場のように)演じるエネルギーは制御弁を全開にしたまま、放出しっ放しという状態ではなく、劇場空間の芝居に戻り、セリフを大事にしたやり方でやってみたい」というのが今回の上演の趣旨だ。

作品は、ギリシャ悲劇の三大作家の一人、エウリーピデースの代表作。詩人の高橋睦郎が翻訳台本(ここでは修辞と呼んでいる)を担当し、いわゆる口語体ではない。出演俳優は皆、男性だ。話の粗筋を言うと、メディアは黒海沿岸の国コルキスの王女だった。ギリシャのイオルコスから金羊毛を手に入れるためにやってきたイアソン(城全能成)と恋に落ち、力を貸す。こうしてメディアは父や家族、故郷を棄(す)て、イアソンとコリントスへ逃れた。

しかし、イアソンは自分の保身のためコリントスの国王クレオン(三浦浩一)の娘を妻に迎えることを決める。クレオンはメディアと2人の息子に国を出て行くように命令を下した。夫の裏切りに対し、燃え上がる憎悪。夫への復讐(ふくしゅう)のため、クレオンの娘に罠(わな)を仕掛けると共に、自分の子供を殺し、国を去る決心をするのだった。

平が最も心を砕いた点は、夫イアソンの間にできた2人の息子を殺す場面でのメディアの心理だ。以前の舞台では、芝居のスピードが速かったことなどもあって、夫に対する強い憎しみに駆られての行為と見られたが、今度は、夫への執着心がまだ残っており、それだからこそ夫の裏切りへの憎悪が強まり、精神的打撃を与えるために子供を殺す決意をする。つまり、「母性よりも女の気持ちが勝った」という解釈に立つ。

その言葉通り舞台を見ると、メディアの葛藤がていねいに演じられている。クレオンの娘に贈った絹の衣と冠に毒を仕掛け、それが成功してクレオンと娘の死を伝える伝令の知らせを受けた時、改めて、これからやろうとしている残虐な行為にひるみながらも、「この私をかよわい女、いくじのない女だと、誰にも思わせておくものか」という矜持(きょうじ)を奮い起こして、コロスの女たち(頭が若松武史)が母親が子供を殺したことはかつてない、と諌(いさ)める中で子殺しを遂行してしまう。そこには、国王が殺されたことで、どうせ子供たちの命がないなら、自分の手で殺してしまおうという、正当化ないしは、ある種の親心も働いている。

殺される子供たちは、子役ではなく、実物大の人形が使われている。以前、ギリシャ国立劇場の来日公演で、子供2人を、個性のない照る照る坊主のような人形を使ったが、その際は、子供たちを人形のように、道具として扱うという寓意(ぐうい)があったようだ。今度の舞台では、表情もリアルに似せてあり、単に地方巡演に子役を連れて回れないという配役上の配慮が反映しているのだろう。

今回は、コロスの数も減らしてメディアとのやりとりも緊密化している。蜷川演出では、コロスの人数も多く、背景の音楽に津軽三味線の激しい曲がかかり、迫力がある反面、きめ細かな表現は難しかった。また、歌舞伎のように濃厚だった衣装やメーキャップも抑え、全体的にデフォルメされた部分が後退し、雰囲気はおとなしくなっている。その分、セリフ劇としての収斂(しゅうれん)度が強まっているというわけだ。

平は99年時点で約200回の「王女メディア」をこなしていた。今回の公演は1月半ばに東京・八王子で始まり、途中、東京・世田谷パブリックシアター(4月11~15日)の舞台をはさみ6月下旬の長崎市での公演まで、計101ステージ、全国を巡回する。昨年春に足を痛めたというが、メディアの激しい情念に駆られて、舞台の上を走ったり、立ち上がったり、しゃがんだりしている時は、痛みを忘れてしまっている、という。「メディアの憤怒・悲痛が腹の底から突き上げて、老いの身が活性化され、昔と同じに滝のごとく汗が流れ出る」と述べる。ただ、舞台が終わると、78歳の体に戻り疲れが襲ってくるとか。

あえて王女メディアをやってみてわかったのは、小劇場とか野外劇場とか関係なく、「ただ生きて演じているこの活力をもう一度味わいたかった」ということだった。「王女メディア」の最後の公演を意識して舞台に立っているが、やっている間に芝居も少しずつ変わっているという。劇団俳優座で俳優生活のスタートを切り、退団後、劇団四季や蜷川幸雄演出の舞台で活躍、その間、肺がんを克服して、円熟味を増している平幹二朗。まさに、晩年に大輪の華を咲かせている。3月14日、神奈川県立青少年センターホール。(編集委員 河野孝)

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