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「塩害に強いコメ」「成長が早いワカメ」、新品種を生む魔法の加速器

東日本大震災からの農業再興にも活躍

東日本大震災で被害を受けた農作物などを再興する切り札として、理化学研究所(理研)の大型加速器が活躍している。加速器を使って炭素などの重イオンを照射して、塩害に強いコメや、成長が早いワカメの品種作りに挑んでいる。早ければ2、3年後にも実用化のメドがつきそうだ。

理研と理研ビタミン子会社で海藻事業を手掛ける理研食品(東京・千代田)は、東日本大震災で大きな被害を受けた「三陸ワカメ」のブランド再興を狙って、ワカメの新品種の共同開発に乗り出した。

国の東北マリンサイエンス拠点事業の一環で、理研にある大型加速器を使って炭素イオンやアルゴンイオンをワカメの胞子体と配偶体に照射。ワカメの胞子体などの遺伝子に突然変異を起こさせて、成長が早かったり、フコイダンなどの機能性物質を多く含んだりする品種の開発を目指す。

照射時間は炭素イオンが2秒から1分。アルゴンイオンが2秒から15秒と短い。照射はすでに終え、現在、ワカメの胞子体は岩手県の水産技術センターの水槽で培養されている。4月には海に出して養殖を始める計画だ。

宮城県古川農業試験場と理研、東北大学は、塩害に強いコメの新品種開発に着手した。宮城県は東日本大震災による津波の影響で、全体の16%に相当する1万2000ヘクタールが塩害の被害を受けた。

このうち被害が小さかった1200ヘクタールの水田では昨年、代かきをするなど除塩対策を実施して作付けし、コメを収穫できた。来年は5000ヘクタールで除塩を実施して作付けする計画だが、残りは再来年以降になる。

除塩して作付けした水田では、コメが収穫できているが、品質は見劣りがするため、古川農業試験場は理研と東北大と共同で、宮城県の主力米である「ひとめぼれ」と「まなむすめ」の耐塩性品種を開発することにした。

「ひとめぼれ」と「まなむすめ」には昨年、炭素イオンを300粒ずつ照射。古川農業試験場の水田で育てて種子を採種。5月から東北大学の試験水田に植え、海水の5分の1から10分の1程度の塩分濃度で栽培し、8月から9月にかけて塩害に強い品種を選抜する。

重イオンビームで新品種を育てる技術は、日本独自の育種方法。重イオンは粒子1個が持つエネルギーが大きいので、DNA(デオキシリボ核酸)の二重鎖を切断できる。1種類の遺伝子だけがなくなった突然変異体が高い確率で生じるのが特徴だ。突然変異で獲得した耐病性などの性質は子孫にも受け継がれやすく、2~4年と短期間で新品種を育てられる利点がある。

一方、古くから突然変異を起こすのに使ってきたエックス線やガンマ線は、重イオンビームより変異が起きる確率が低い。DNAの1本鎖しか切れず、有用な遺伝子も壊れるため、交配を繰り返して有用な遺伝子を元に戻してやる必要がある。育種に5~10年かかる課題があった。

重イオンビームによる植物の品種改良はまず、観賞用の花で始まった。2001年にサントリーフラワーズが理研と共同で不稔(ねん)バーベナを商品化したのが第1号。これまで19種類の新品種を重イオンビーム育種によって開発・販売している。

その約9割は観賞用の花だったが、最近はイチゴや小麦などの農作物のほか、清酒酵母といった有用微生物へと広がり始めている。

理研と埼玉県産業技術総合センター北部研究所は、同県の酒蔵などで採取した8種類の酵母に鉄イオンなどのビームを照射したり化学処理を施したりして、565種類の突然変異体を得た。その中から新たな吟醸用酵母「埼玉G酵母」を選抜。同県内の酒造3社がそれぞれこの酵母を使って仕込んだ清酒を作った。3種類の清酒は、戦前の理研で日本初のサイクロトロン(加速器の一種)を完成させた物理学者、仁科芳雄博士にちなみ「仁科誉」という理研ブランドで昨年11月から販売されている。

鹿児島県農業開発総合センターと理研は、鹿児島県が独自開発した「さつまおとめ」というイチゴ品種のわせ系統をイオンビーム照射によって開発した。「さつまおとめ」は開花期が遅く、高価格で取引される年末時期の収量が少なかったが、わせ系統の開発で12月末までの収量が1アール当たり2~18キログラム増加したという。

理研には現在、5台のサイクロトロンがある。重イオンビーム育種には、このうち2台しか使っていない。炭素や窒素、ネオンといった重イオンの中でも軽いタイプについては十分な加速を得ることができるが、鉄やアルゴンなど重いタイプのイオンは十分に加速できないという課題がある。

このため、4台のサイクロトロンを使って、鉄やアルゴンイオンを十分に加速できるように改良する。また、現在の水平照射ビームラインでは1時間に50サンプルしか照射できないが、同100サンプルに照射できる垂直照射ビームラインも新たに設け、農作物の品種改良を加速することも検討している。

ここ数年で小麦や大豆、トウモロコシ、トマト、キュウリ、ブドウなど穀類や野菜、果実のゲノム(全遺伝情報)が相次いで解明されている。理研仁科加速器研究センターの阿部知子チームリーダーは「突然変異体を使ってゲノム解析をするミュータジェノミクスという学問領域を新たに開拓できれば」と話している。

(編集委員 西山彰彦)

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