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出版新潮流 1800人で書籍の「ソーシャル編集」

新刊本「ソーシャルシフト」の舞台裏

11月7日夜、東京・六本木のしゃぶしゃぶ店で、ある著作の出版記念パーティーが開かれていた。来場者は総勢80人。出版記念パーティーといえば通常、著者の友人知人や出版業界関係者が集まるもの。確かにそうした面々もいたが、著者が初めて会う人も全国各地から駆けつけていた。ソーシャルメディアを通じ、編集作業に携わった「ソーシャル編集者」たちだ。

11月11日、ソーシャルメディアを活用した企業変革の重要性と具体的なプロセスをまとめた新刊本「ソーシャルシフト ― これからの企業にとって一番大切なこと」が出版された。著者はソーシャルメディア関連のコンサルティング会社、ループス・コミュニケーションズ(東京・渋谷)を経営する斉藤徹氏だ。

アマゾンジャパンの「コンピュータ・IT」関連のベストセラーランキングで1位(17日現在)となり、発売から1週間も経たずに増刷が決まるなど好調な滑り出しを見せている。出版社が日本経済新聞出版社というのは「たまたま」で、何も本記事で宣伝をしようという意図はない。担当編集者と著者いわく「国内初」という、斬新な手法で作られた書籍なのだ。

フェイスブックで非公開のコミュニティー

オープン、透明性、顧客との直接コミュニケーション、社員の情報共有……。ソーシャルメディアがもたらすこれらの要素が企業経営を根底から変える様子を、豊富な事例とともに描いた本書。斉藤氏は「ソーシャルメディアで国が変革した『アラブの春』は人ごとじゃない。必ず、多くの日本企業にもアラブの春は訪れる。どういうふうに現場が力を合わせてトップを口説いて変革するか。特に『会社を変えなきゃいけない』と思っている若手に向けて書いた」と話す。

この本、中身もさることながら、そのプロセスが面白い。ソーシャルメディアを題材にしているだけあって、出版プロセスの重要な部分をソーシャルメディアを通じて公開。全国のユーザー、1800人以上と一緒になって「ソーシャル編集」を実現した書籍なのだ。

アイデアを思いついたのは著者自身。原稿を「9割方」書き終えた斉藤氏は、出版社への入稿予定日の約3週間前となる9月21日、世界最大のSNS(交流サイト)「Facebook(フェイスブック)」に非公開のコミュニティー「ソーシャルシフトの会」を開設した。同日に斉藤氏は、会の趣旨として以下の投稿をしている。

「11月11日に発売予定の僕の書籍『ソーシャルシフト』の原稿をグループメンバー限定で公開します。入稿ぎりぎりまで時間をかけ、できる限りクオリティー高く、世の中に役立つ書籍に仕上げたいと考えています。皆様の忌憚(きたん)のないご意見をいただけると幸いです。またご友人の方で、この内容に興味ある方がいらっしゃれば、自由にお誘いいただいて結構です。できるだけオープンに、多くの方に読んでいただきたいと考えています」

入稿3週間前から生原稿を公開

非公開のコミュニティーながら、承認申請は基本的にすべてOKとしたため、入稿日の10月13日時点で1894人という大規模なものとなった。このコミュニティーで斉藤氏は、入稿日までの3週間、自身の「生原稿」をアップし続け、「最初の読者」との交流を図った。

原稿はフェイスブックの「ドキュメント」機能でコミュニティーのメンバーのみが共有。「まえがき」から始まり、1章、2章とブロック単位で投稿。長い章は分割するなどし、「あとがき」まで360ページ分の本文、まるまるすべてを、発売前どころか入稿前に公開したのだ。

「ソーシャルメディアを活用した『生活者参加型商品開発』というものを実際に自分で試してみたかったことがきっかけ。書籍のクオリティーをできる限り高めることを目的としていたので、辛辣(らつ)な意見をくださるよう何度もお願いしました。コメントなどのリアクションに対してはひとつずつ丁寧に目を通し、必要だと思えばその都度、原稿に反映し続けました」

コミュニティーのメンバーは毎日、斉藤氏の原稿をチェックし、誤字脱字から表記の揺れ、内容が分かりにくいなど、気づいた点や感想を報告し続けた。

「『オープンダーシップを明文化する』→『オープンリーダーシップ』、『それを実現のための』→『それを実現するための』」「細かい点ですが、第三章内では、やらせメールとヤラセ疑惑とで『やらせ』の言葉が、ひらがなとカタカナで使い分けられておりますが、同じほうがいいかなぁ~と思いました。ご参考まで」……。

章を俯瞰する挿し絵が届く

3週間の期間中、原稿に対して寄せられたこれらコメント数はじつに1000件以上。指摘を参考に原稿を書き直しては修正したものをアップし続けた斉藤氏。最終的に「当初より多面的にブラッシュアップされた状態で、しかも予定日よりも1日前倒しで入稿することができた」という。

1800人以上のソーシャル編集者の指摘は、本文の表現にとどまらない。「本当に気合を入れて書いた。ぐわーっと気合が入っているので、どうしてもソーシャルメディアを礼賛する方向になる。これを『ソーシャルメディアの陰の部分も指摘して、バランスをとった方が、より説得力を増す』という指摘をいただき、その通りだと思って大幅に加筆しました」

まえがきに関しても、ソーシャル編集者の指摘をうけて、当初の書き出しを大きく削り、中盤にあった内容を思い切って前に出した。「随分読み易くなり、早く先を読みたいという期待感を向上させる文章ですね!」「 導入部としてシンプルですごく入り易くなったと思います。それにしても、こうしてダイナミックにソーシャルメディア上で改訂されていく様子を見られるのはワクワクしますね!」といった好意的な意見に、斉藤氏は安堵(あんど)したという。

原稿を上げれば必ず読み込み、何かしらのリアクションを返してくれる「常連」も多く現れた。その1人、広島でIT関連のコンサルティングを手がける和田征士氏は、コメントのみならず、8章の内容全体をひと目で分かりやすく理解できるようなイラストを送って寄こし、斉藤氏を驚かせた。

「図は欲しいなと思っていたけれど時間がないし、いいやと放置していたところに、先方から、とてもクオリティーの高いイラストが届き、本当にうれしかった」と話す斉藤氏は、さっそく日経出版社の執行役員でシニアエディターを務める担当編集者、堀内剛氏に相談。和田氏のイラストは、本書の丸1ページを割いて掲載されることとなった。報酬はゼロ円だ。

本職の編集者である堀内氏はいう。「章全体を俯瞰(ふかん)的に見せる図版は、僕らはあまり作らない。編集者として、勉強させていただいた」

「斉藤さんの思惑通り、ハマりました」

1800人のソーシャル編集者が八面六臂(ぴ)の活躍を見せた3週間。「校閲どころか、編集者いらずの時代になってしまうのでは」と、うがった質問を堀内氏にすると、こう答えた。「本当に有り難い指摘をたくさんいただき、大変役に立ちました。しかし、校閲はやっぱり必要なほど誤字脱字が残っていましたし、やはり編集者は装丁や帯、店頭に並んだ時のイメージなども含めトータルに書籍をプロデュースをする立場として必要だと思います」

10月2日には、ユーザーからアンケートを募る「クエスチョン」機能を利用して、本書の副題をコミュニティーで募った。50件近い案が寄せられ、投票により「社会を変える!オープンな企業と個人の新しいカタチ」という案が1位となったが、結局は斉藤氏と堀内氏が相談した結果、案にはない「これからの企業にとって一番大切なこと」という副題に落ち着いた。

「参考にさせていただくし、よいアイデアや指摘は取り入れさせていただくけれど、すべてをいいなりで受け入れるわけではない。副題を募る時も『皆さまのご意見は大切にさせていただきますが、必ずしも1位が自動的に副題となるわけではありません。ご了承ください』とただし書きを添えました。それでも、ユーザーの皆さんには書籍を先に読むことができ、出版に参画できるというメリットや面白さを感じていただいたようで、終始、好意的でした」

斉藤氏がこう話すように、前出のイラストを提供した常連、和田氏は「何より、発売前の書籍の編集に携わるという作業が楽しかった。斉藤さんの思惑通り、ハマりました」と振り返る。事前に読めるお得さと、出版に参画する楽しさから、タダで書籍の品質向上に貢献してくれる。ソーシャル編集のメリットは、これだけではない。

販売面での効果も

堀内氏によると今回の販売の動向は初動が早く、特にネット通販のアマゾンでの事前予約が多かったという。

「じつは出版後の方がメリットが大きいかもしれない。自分たちが参加して作ったんだということで愛着がわくので、もちろん買ってくれるし、他人にも積極的に薦めてくれる」。こう堀内氏が話すように、17日現在で2260人以上まで膨れあがったソーシャル編集者たちは販売面でも貢献している。事前にすべての原稿を読み込んだ和田氏も、「書籍と電子書籍版を1冊ずつ買い、周囲にもことあるごとに薦めている」という。

「こんなに規模が大きくなくても、例えば影響力が高いブロガーや知識人など、10人くらいの少数精鋭でソーシャル編集のチームを組む、といったことにも挑戦してみたい」。堀内氏は今後、手がける書籍でも今回のノウハウをつなぎたい考えだ。

出版業界とネットといえば何かと電子書籍が話題となるが、ネットはリアルの書籍作りや販売にも役立つことを示したといえる。ソーシャルメディアを活用した出版の新潮流は、新しい手法として広がりを見せるかもしれない。

(電子報道部 井上理)

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